昨年、台風30号(ハイエン)によるフィリピンでの災害被害に対し、みなさまに「フェリシモ 地球村の基金」を通した緊急支援活動へご協力をお願いいたしました。たくさんのご支援をいただき、本当にありがとうございました。現地での活動のレポートを紹介させていただきます。
プロジェクト名 :フィリピン中部大型台風災害緊急救援事業
活動団体名 :認定NPO法人アジア日本相互交流センター・ICAN
実施場所 :フィリピン共和国レイテ州ダガミ町、トローサ町、
ドゥラッグ町、マヨルガ町
事業期間 :2013年11月9日~2013年12月31日
プロジェクトの実績報告
こんにちは。認定NPO法人アジア日本相互交流センター・ICAN(アイキャン)の事務局長の井川です。私たちアイキャンは、1994年より約20年間フィリピンで活動し、現在フィリピン国内8つの事務所を中心に、約50名の職員が子どもたちの「危機的状況」を改善するために活動しています。
2013年11月8日にフィリピン中部を襲った台風30号は、死者・行方不明者数約8,000人というフィリピン史上最大級の被害をもたらしました。特に、レイテ島の中でもタクロバンを含む東海岸沿いの町は、100%に近い建物が被害を受け、通信や交通も遮断され、孤立状態に陥りました。
これに対して、アイキャンは災害発生翌日より物資の調達を開始し、5日後よりレイテ島東海岸被災地において食料や水などの物資の提供を開始しました。物資は、マニラやセブ島から搬入すると大渋滞に巻き込まれ提供が遅れることが見込まれたため、ミンダナオ島のスリガオ市で調達し、レイテ島南部から毎日20トントラック2、3台で被災地に運び込みました。当初治安が悪く、略奪や暴動が懸念されたため、11月中は軍のエスコートを付けて安全管理に心がけました。
提供の公平性を担保するために、村(バランガイ)を単位として村内全世帯に提供することを前提に、前日までに村の役員に村の全世帯リストを提供していただき、自らが被災者でもある住民約50名のボランティアが、物資の仕分けや積み下ろし、治安対策を担うことで、問題なくスムーズに各世帯に公平に提供することができました。
全体で9,811世帯分の食料セット(米、水、塩、砂糖、油、缶詰、ビスケット、マッチ、ライター、蚊取線香、石鹸などのうち、ニーズに合わせて都度内容を変更)を提供し、被災地で空腹に苦しんでいた人々の食料を満たすことができました。
現地の様子、住民の声
災害発生5日後から被災地で活動を開始しましたが、当時は人間や動物の遺体が道路に横たわっている状態で、食料も不足する中、略奪が相次ぎ、危険な状況でした。国道沿いでは、子どもたちが「助けて(Help!)」「食料がほしい(Give us food!)」といった看板を持って、通り過ぎる車を追いかけていました。
そのような中、私たちが食料を提供する時や提供した後には、「アイキャンが一番初めに救援物資をくれた」、「これで2週間ほど生き延びることができる」、「食べ物が家にある安心感、私たちにはアイキャンがいるという安心感がある」と、住民から声をかけていただきました。
「HELP!」という看板は、「ICAN, Thank you!」という看板に変わっていき、住民からは感謝の言葉や笑顔が増えていきました。当初は、国道で車を見つけては走り出し、物乞いをしていた子どもたちも、アイキャンの車が通る度に追いかけて「Thank you, ICAN!」という言葉を投げかけてくれるようになりました。
今回の活動は、住民ボランティアの力なしには実施することができなかったと思います。瓦礫のために通れなかった道を、物資を乗せたトラックが入れるようにと総出で整備してくれていたり、物資提供の順番待ちのための番号札を住民が準備してくれていたり、電気のない中、暗い場所でお米を量って公平に1世帯分ずつ袋に入れたりと、住民と「ともに」活動を行うという当団体の理念に基づいた活動となりました。
みなさまのご寄付によって、食料が途絶え、命の危険にさらされていた被災者の空腹が満たされました。また、「自分たちのことを想ってくれる人々がいる」と感じることができることは、被災者にとって大きな励みとなりました。心より感謝しています。
被災地では、今も99%以上の家や学校の教室は壊れたままです。住民の生計手段であったココナッツの木も、漁のための船も同様です。まだ電気もありません。メディアで取り上げられることも少しずつ減ってきました。このような状態の中で、私たちは今日も活動を続けています。その中で私たちが感じることは、「住民が一番恐れているのは、世界の人々に忘れられていくということ」です。これからも関心を持ち続けていただければ幸いです。ぜひ、日々更新しているフェイスブックを見てみてください。
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