こんにちは、フェリシモ基金事務局のmotoです。
みなさんは、「奇跡のリンゴ」のお話をご存知でしょうか? 無農薬・無肥料・無除草剤のリンゴ栽培を成功させた農家、木村秋則さんの半生を描いたノンフィクションで、2013年には映画化され話題となりました。(書籍『奇跡のリンゴ』は、2011年に幻冬社文庫より出版。石川拓治/著)
フェリシモでは、映画公開と同年に木村秋則さんを「神戸学校」へお招きし、その後は木村式自然栽培で作られた野菜や加工品の販売も手がけました。そして、木村さんは独自に培ってきた農法を広めるための学校「Hokkaido木村秋則自然栽培農学校」を2012年3月に創立。木村さんと出会い、その思いに共感したフェリシモは「自然栽培農法推進基金」を設立し、農学校の運用と指導者の育成を応援しています。農学校では、家庭菜園から本格的な果樹栽培まで、幅広い指導が行われています。
基金設立にかけた思いとこれからについて担当者に聞きました。
話し手:田中誠二さん、三浦卓也さん
聞き手:フェリシモ基金事務局
木村さんの願いを、ともにかなえたい
田中:私たちが木村秋則さんと出会ったのは、木村さんのお弟子さんで、自然栽培農家であり社会福祉法人の代表である佐伯康人さんがつないでくださったご縁からでした。木村さんの自然栽培農法や木村さんの思いに共感したフェリシモは、木村さんを「神戸学校」にゲストにお招きし、会場に入りきらないほどのたくさんの方々にお越しいただきました。それから、自然栽培で作られた商品を販売させていただくなどの交流が始まり、木村さんのリンゴ畑にも訪問させていただきました。私がイメージしていた “リンゴの木”はピンとまっすぐ伸びていましたが、木村さんの畑にあるりんごの木は、まるで古木のように曲がりくねっていました。また、隣の畑の土地が整備させているのに対して、木村さんの畑には雑草が生い茂り土がふかふだったことを鮮明に覚えています。そうしたなかで、木村さんの「Hokkaido木村秋則自然栽培農学校」にかける思いをお聞きし、フェリシモでもぜひ応援したいと、基金設立に至ったのです。
木村さんが命がけで見出した自然栽培農法
田中:木村さんのリンゴをはじめて食べたとき、木の実のような味がすると感じました。農業では、肥料を入れて甘さを調整する方法もありますが、木村さんのリンゴには肥料も農薬も使われていないからでしょうか。それまでに見慣れていたリンゴよりも小さめではあるけれど、虫や雑草と共存しながら自然のなかで育った安心のリンゴです。
実は、木村さんは、奥さまが農薬に弱い体質だったことがきっかけで、農薬を使わないリンゴづくりを目指し、試行錯誤を繰り返すうちに結果的に自然栽培へと至りました。手作業で虫を取ったり、食品を肥料にしてみたり……10年近く地道に研究を続けて、農薬を使わないリンゴ作りの方法を見出しましたが、その過程では、家族は貧しい生活を強いられるなど、言い尽くせないほどのご苦労があったようです。あるとき、「もうなにもかも終わりにしよう」と、木村さんは命を絶つ覚悟で森に入ります。しかしそこで、どんぐりの木に実がなっているのを見つけます。「なぜ、農薬も肥料も与えてないのに実がついているのか。リンゴ畑となにが違うのか……」。木村さんの頭に、素朴な疑問が浮かびます。どんぐりの木の下の土を触ってみると、やわらかくて温かい。畑の土とは全く違う、ふかふかの土におどろいたのだそうです。微生物が豊富な証拠なんですよね。その気づきがきっかけとなり、無農薬栽培への道がようやく開けたのだと言います。
「Hokkaido木村秋則自然栽培農学校」とは?
田中:私がはじめて「Hokkaido木村秋則自然栽培農学校」の地を訪れたときは、まだ荒地のような状態で、野菜やりんごなどの栽培を始める前の状態でした。木村さんによると木村式自然栽培では、元々今ある畑は自然の状態ではないのだから、できるだけ自然な状態に戻すためのお手伝いをするのだとおっしゃっていました。基金はそうした整備や指導員の育成などに活用されています。生徒さんは年に1回募集しており、毎年60名くらいの方が来られるそうです。月に1度ほど勉強会を開き、半年かけて学びます。木村さんの場合、いわゆる教科書に沿って学ぶというより、実地で体験しながら学んでいきます。
三浦:農学校では、幅広い支援を行っているので、卒業後は農家として野菜や果樹の栽培を続けられる方はもちろん、学んだノウハウを家庭菜園に生かすという方もおられます。
大事なものを1%でも残していくために
田中:木村式自然栽培はとても難しく、リンゴはもとより、野菜を作っておられる方でも、安定した収量を見込めないことなどから、継続することが難しいという現実があります。その背景には、日本における流通のあり方も影響していると思います。
三浦:標準規格が設けられているので、日本のスーパーでは、いつでも“一定の品質”の野菜を買えますが、有機栽培で採れた野菜や、自然栽培で作られた農産物を買うという選択肢はほぼありません。第一次産業においては、国内外問わずさまざまな課題がありますが、海外では農家も消費者も意識が高くて、オーガニックの農産物が普通に流通しています。
田中:スーパーなど規格流通が全盛の今、決められたパッケージに梱包するために、同じ大きさ、一定の形の野菜を作る必要がありますし、色味やツヤなど見た目の美しさも求められます。木村式自然栽培をはじめ、こだわりを持っている農家さんが作った野菜はそのルールにはあてはまらないため、規格流通外の野菜として流通しています。全体量の1%未満だと思います。それでも、伝統野菜や固定種の野菜を残したい、なくしたらいけないという思いを持っている人たちがおられますし、私たちフェリシモも、ともに守っていきたい。そのためには、流通のあり方が変わっていかないといけないと思います。できれば、自然栽培の野菜や果物が、どこでも、身近なお店で普通の野菜や果物と同じように並んでいて、選択肢のひとつとして選んで購入できるようになるといいと思いますし、そうなるよう願っています。
地道な活動によって広がる自然栽培の可能性
三浦:そもそも、畑の土地が持つ性質も日照の仕方も違うのだから、できる野菜も味が違っていて当たり前なんです。自然栽培の畑へ行くと、すごく命の気配がするんですよね。地面から虫がたくさん出てくるし、鳥が巣を作っていたりして。生き物がたくさんいるんですよ。それこそが“自然”の景色だと思うんです。そういう生産現場に足を運ぶことができれば、消費者の感覚も、流通に携わる人たちの感覚も変わるのかもしれませんね。一方で、自然栽培農法を手がけている方たちによる全国のネットワークがあって、北海道などでは、各地で小さなマルシェが開催されています。地道ではあるけれども、少しずつ自然栽培や有機農法で作られた野菜に触れる機会は増えてきているのではないかと思います。
田中:フェリシモでも自然栽培の野菜を販売したことがありますが、やはり安定供給が難しく、お待ちいただいたけれども不作によりお客さまにお届けできないということもありました。けれど、より多くの方に食べてもらうための方法としては、加工品であればある程度安定してご提供できますので、ジャムやワインなどもっと、加工品の展開を模索していきたいです。
三浦:北海道余市町では、木村式自然栽培のぶどうが育っており、フェリシモワイナリーではそのぶどうを使って「f winery001木村式ナイアガラ」というワインを醸造しました。(2023年5月時点では販売を終了しています。)実は、そのぶどうは僕がワイナリーに搬入をしたのですが、すごくいい香りで……。ワインに使うぶどうとしては、これ以上甘くできないほど糖度が高く、そのまま食べてもとても美味しいみたいです。
田中:木村さんはワインの熟成方法にもこだわりがあるそうで、以前お会いした時に、ゆくゆくはワインをつくりたいっておっしゃっていましたので、実現してよかったと思っています。
伝え、つないで共感を広げていく
田中:木村式自然栽培で木村さんとの出会いがあり、農業や流通のことを学んでいくうちに、農業が抱える問題点と流通業界における課題が重なる部分があり、流通に関わるものとして考えさせられるものがありました。木村さんは、問題に対して自分で考えて、実験を繰り返しながら、根気強く農業を続けておられます。世の中の評価がなんであろうと、自分の目で確かめて、体験して、その結果得た基準を明確に持っておられて。そうやって地道に実証をしていくところをとても尊敬しています。
三浦:僕たちには、伝える、つなぐ役割があると思っています。例えば、共感する人同士をつなぐ役割。ベトナムのコーヒー農家さんが、木村さんのことを心から尊敬しているとお聞きし、お二人をオンラインでつないで対談してもらったこともあります。そして、「すてきでいいものがありますよ」と、淡々と事実をお伝えしていくこと。私たちは、消費者の方たちへ課題提起したり、“正しいこと”をお教えるという立場にはいません。純粋にいいもの、共感できるものをお伝えし、必要があればおつなぎする。いいものがあるところに、自然と人が集まる。そういう流れをつくっていきたいと思います。
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