こんにちは、フェリシモしあわせ共創事務局のFukuです。
「オールライト研究所」は、コピーライターで「世界ゆるスポーツ協会」の代表理事である澤田智洋さんとの出会いをきっかけに誕生したプロジェクトです。
澤田さんは、『マイノリティデザイン』の著者で、人は誰もが弱さやコンプレックスを持っているという視点に立ち、みんなが弱さを生かせる社会づくりを提案しています。
その思いに共感したフェリシモから2023年に誕生したのが、「オールライト研究所」。
それぞれの弱みやコンプレックス、困りごとを“解決”することを目的にするのではなくて、みんなの苦手や弱さをそのまま生かせる社会を目指すプロジェクトです。
第一弾企画が、「裏表のない世界」です。「そのままでたのしい、そのままがたのしい暮らし」をテーマに、誰が着てもらくちんでうれしい、裏表前後ろのないアパレルのアイテムを企画しました。
実はこの「裏表のない世界」、数々の経験を重ねてきたプランナーでさえも、これまでにない苦労があったのだとか。
スポーツ、おしゃれ、障がい……さまざまな動機を持って集ったという「オールライト研究所」のメンバーに、商品づくりに込めた思いと開発ストーリーをお聞きしました。
話し手:筧麻子さん、下久保英さん、永富恭子さん、長谷川和之さん
聞き手:フェリシモしあわせ共創事務局
Q1、「オールライト研究所」とは、どのようなプロジェクトですか?
筧:澤田さんの提唱する「マイノリティデザイン」という考え方や「弱さは社会ののびしろ」という言葉に共感したメンバーが、いろいろな部署から集まって生まれたプロジェクトです。第一弾企画「裏表のない世界」では、Tシャツ、パンツ、靴下の3つのアイテムを展開していますが、最初からつくるアイテムを決めていたわけではなく、みんなが自分の弱さや苦手を生かせる社会をつくるためには、何をどうかたちにしていくのがフェリシモらしいのかを模索するなかで商品が誕生しました。
長谷川:通常、私たちが企画をするときの思考プロセスは、課題解決型なんですよね。ある課題に対して、どのようなものがあればその課題をクリアにできるのかを考え、アイテムやプロジェクトをつくっていく。けれど、澤田さんが提唱する「マイノリティデザイン」はちがうんです。弱みは“解消”するものではなくて、そのまま“生かし”て強みにできるということを提唱しています。
Q2、「裏表のない世界」というコンセプトはどのように誕生したのでしょうか?
永富:はじめは「どっちでもいいアパレル」という企画案でした。裏表どっち向きで着ても成り立つ商品を開発しようと思ったんです。障害のある人も、ずぼらさんも、裏表のない服があればきっと暮らしがらくちんになるだろうと考えました。例えば、洋服を裏がえしたまま洗濯カゴに入れちゃうことってけっこうあって、家庭内のストレスの一因になったりしますよね。そういうささやかなストレスも家庭からなくなればいいなと思って、企画しはじめた頃はリバーシブルアイテムだ!と思ったんです。
下久保:プランナーとしては、一つの商品に対してより多くの機能を持たせたほうが商品価値が上がると考えてしまうので、当初は無地と柄のリバーシブル案もありました。けれど、いろいろな方にヒアリングをさせていただくと、「こっちの柄が好きだから着たいのに、そうじゃない方の面を表にして着てきてしまうのはいやだ」と。そこで、裏表同じ柄であることにこそ意味があるのだということに気がついたんです。
永富:企画段階で知的障がいのあるお子さまを持つお母さまにヒアリングをしたときに、「今、世の中にあるすべての洋服の裏表がないわけではないから、標準のものとして着てしまうと、普通のものを身につけるときに、息子は自分で着れなくなってしまう」とおっしゃっていて。けれど、靴下のかかとがあわなくて子どもがイライラしているときや、家族が焦ってしまうときに、奥の手として「今日はこれでいこう!」と頼れるアイテムができたらすごくうれしいとおっしゃったんです。
長谷川:だから、「裏表のない“世界”」というコンセプトに着地したんですよね。裏表があることによって生じる、家庭のなかでのちょっとしたイライラさえもない“世界”。いつも着ている洋服に少しアイデアをプラスすることで、みんなが笑顔になれる社会を作りたいと思ったんです。
Q3、自称・ずぼらさんへのヒアリングも積極的に行ったのだとか?
筧:「我こそは!」と言う方に集まっていただき、ずぼらさんならではの思いやアイデアをお聞きしました。例えば、洗濯物を畳むのがめんどうだから、服の山がインテリアの一部になるような山型の素敵な布が欲しいなど、ヒアリングを通してさまざまなめんどくさいポイントを共有してもらいました。そしてその、「何かをめんどくさい」と思っている人が、めんどくさくなくなる方法を見出す視点で企画を立てていったんです。
永富:下着など家で着るものはひっくり返っていてもOKだけど、外に出るときはちゃんとしたいとか。
下久保:アイデア段階では、カレーのシミがデザインの一部としてなじむようなデザインのトップスもいいのでは、なんていう意見もありましたよね。私は、今回、たくさんの方にヒアリングをするなかで、届く人のニーズにあわせて企画をする際のスタンスを変えなくてはいけないなと改めて実感しました。
Q4、実は私も3つのアイテムを試着させていただきました!どれも着心地がいいですね。まずは「みんなにやさしくかっこいい 裏表前後左右のない シルケット加工できれい見えポケットTシャツの会」の開発ストーリーを教えてください。
下久保:いろいろな過程を経て3アイテムを作ることに決まり、トップスは季節や着る人を限定しないTシャツになりました。普段はあまり意識していないと思うのですが、素材によっては、裏表の編み目が違うものもあるので、裏表をひっくり返してもまったく同じ印象にはならないんです。裏表ひっくり返しても同じ印象になる素材であり、かつ、着心地も大事なので、できれば肌心地のいいコットンで、普通に洗濯できて扱いやすい、ストレスフリーな素材がいい……。プランナーチームで頭を抱えながらあれこれ模索した結果、裏表がほぼ同じ編み目で、つるっとした風合いの「ポンチ」という素材に落ち着きました。シルケット加工を施して少し光沢もあるので、洗いざらしでもソフトできれいな風合いを楽しめます。
筧:着た方が口を揃えて「触り心地が気持ちいい!」と言ってくださいます。
Q5、根本的な質問で恐縮なのですが、そもそも、“裏表まったく同じデザイン”ということは物理的には可能なものなのでしょうか?
長谷川:そう思いますよね! まったく同じというわけではありませんが、いろいろと研究を重ねて、裏表前後ろの印象がほぼ同じアイテムが完成したんです。僕も服は初心者だから、「縫い目はどうなるんだろう?」「Tシャツの首もとの前後は大きさのちがいはどう解消するの?」など、疑問だらけでしたが、プランナーチームが試行錯誤を重ねてくれて次々と課題が解消していきました。
下久保:従来のTシャツは裏側に縫い目があります。裏表変わらずに着られるようにするための手段としてたどりついたのが、「折り伏せ縫い」です。縫い代が見えないように生地の端を処理する手法で、端正なシャツなどによく使われています。
永富:カットソーを折り伏せ縫いにすると、縫い目が分厚くなってしまって、ミシン加工をするときによれてしまうなど不良品が出やすいため、縫製工場も限られていました。
長谷川:最初は、縫い目を見せるデザインも考えていましたよね。
下久保:そうそう、配色ステッチなども検討したのですが、主張が強くてとんがったデザインになってしまって……。
筧:裏表前後ろ同じになるデザインを目指しているのに、「ほんとにこれでいいのかな?」と立ち止まって、また考えて。トライ&エラーを何度も繰り返してきました。
下久保:Tシャツの袖口、襟ぐり、裾は「バインダー仕様」といって、同じ生地を重ねて縫い代を包むように処理を施しています。デニムの裾などに使われるチェーンステッチという方法と同じです。ポケットは、厳密に言うと裏表少し違う位置に設定してあります。というのも、同じ位置につけてしまうと、縫い目に布が5枚も重なってしまい、デザインや着心地に影響するため、少しだけずらした位置に設定しました。
長谷川:言われないとほとんどわからない。見比べてはじめて気づく違いですよね。
Q6、ボトムの「みんなにやさしくかっこいい 裏表前後ろのない まるっとダブルガーゼパンツ」も、ラフだけれどしっかりとしたつくりですね。
下久保:パンツは普通、外側の脇の部分が縫ってあることが多いのですが、今回は縫い目が少なくなるように、内側のみに生地の接ぎを入れています。股ぐりも股下も、Tシャツと同じく折り伏せ縫いを施しています。
筧:サイズ調整ができるように、当初はウエスト部分に紐を通すことも検討したのですが、紐の出口が後ろになってしまうことが出てきます。これでは、紐が前にきたときが “正解”ということになってしまうので、前後が自由にならないということで、潔くやめました。
下久保:普通のパンツは、ヒップ側を大きめに作りますが、「まるっとダブルガーゼパンツ」は、前後ともに生地の分量を増やして股上を下げることでどの向きで着用しても後ろ側が突っ張らないデザインしています。けれど、サルエルパンツほど股上を下げていないので、動きやすい仕上がりになっていると思います。
永富:保育士さんや介護士さんなど、動作の多いお仕事をされている方や、車いすユーザーの方にもモニターとして試着していただいたのですが、「すごく動きやすい」と好評でした。
下久保:車いすあるいはイスに座ったときに、裾が上がってしまってなんだかおしゃれではなくなってしまうというストレスを避けるために、丈が長めのサイズも展開しています。
Q7、靴下も試着をさせていただきましたが、脱ぐときに何も気にせず裏返して脱げちゃうことが、なんだかすごく気持ちよかったです。どのように開発されたのでしょうか?
永富:以前、CCP(シー・シー・ピー)のブルーナバリアフリープロジェクトという企画で 、“かかとのない靴下”を作ったことがあるので、その手法をアレンジすればうまくいくのではないかとはじめは考えていたんです。その靴下は、車いすの子どもの足のサイズは大きくなっていくけれど、足首が細いので靴下がずれてしまうという、あるお母さまのお悩みをきっかけに開発したものでした。けれど、一般的な丸編みの機械で作っていたため、残念ながら裏表で編み目が違っていたんです。
筧:「両方とも裏返したら使えるかも?」とも思ったのですが、それでは「裏表がない」ということにはならなくて。
永富:つま先の縫い目がフラットになれば、差が目立ちにくいのでは?と考え、かかとやトップのゴムの部分フラットになる製法も検討してみたのですが、やはり裏表の編み目がちがう問題が解決しませんでした。ですから思い切って、無縫製で立体に編み上げるホールガーメント(R)を採用しました。ホールガーメント(R)は特殊な技術なので、コストも時間もかかり、販売価格が高くなってしまうので悩みましたが、靴下を編んでから最後にキュッと絞るのでフィット感が出るんですね。それでも編み目は反転してしまうのでなんとか同じに見える方法がないかと考えて、同色のボーダーということで落ち着きました。ボーダーだと好ききらいが多いのではないかと心配していたのですが、いろいろな方にヒアリングをしてみると、さりげなくおしゃれに見えると肯定的なご意見が多かったんです。また、片方だけなくしてしまったり、穴が開いてしまったときのために、Webでは片方ずつ買えるようにしています。
Q8、今、「オールライト研究所」は、どのようなかたちで活動を展開しているのでしょうか?
長谷川:Webサイトでは、「あなたの『お困りごと』や『よわみやコンプレックス』はありませんか?」と、広くお声を募集しています。
筧:澤田さんには、「ゆる研究員」としてミーティングに入っていただき、商品作りの際にユニークかつ的確なアドバイスをいただいたり、「裏表のない世界」のアイテムを着用いただけそうな方をご紹介いただいたりして、立ち上げの頃から一緒に活動させていただいています。商品リリースの前には、1週間使ってみていただき、素敵なレポート記事も書いていただきました! 「オールライト研究所」のnoteでご紹介しています。
Q9、“みんな”という言葉をよく使われていますが、背景には、どのよう思いがあるのでしょうか?
長谷川:障がいのある方など、いわゆる、社会のなかでマイノリティとされている方だけにフォーカスするのではなくて、僕も含めて、誰もが持っているであろう苦手や弱み、コンプレックスに着目したいと思っていて。一人の困りごとを解決することが、結果的に、みんなの助けになるというところを目指しているんです。
筧:日常的に何かに困っていると実感していない人でも、「裏表のない世界」のアイテムを試着していただくと、「無意識に前後間違えていないかチェックしていたみたい。それがないって、らく!」というコメントをいただきます。そういう、みんなにとって便利なものを作りたいんです。
長谷川:視覚障がいのある方にとっては、見えない状態で裏表を確認して服を着ることは当たり前のことです。だから、「裏表前後ろがあることに特に困っていない」とおっしゃっていたのですが、「裏表のない世界」のアイテムを着てみると、前後を確認する数秒の動作も実はストレスだったことに気づいたとおしゃっていましたよね。
筧:一方で、一番困っている人“だけ”にお届けしようとすると、どうしてもニッチなものになってしまって、事業として継続しづらくなってしまいます。長く続けるためにも、より多くの方にお届けするためにも、 “みんな”にとってハッピーになれるモノづくり目指したいんです。
Q10、今後の展望をお聞かせください。
筧:困っているのは自分の責任だと感じている方が多いと感じています。でも、澤田さんが「マイノリティデザイン」のなかでおっしゃっているのは、「足りないのは、そのままで暮らせるための社会の工夫」なんです。これまで自分に向けていた課題を、社会の困りごととしてみんなで解決する。そういう発想の転換をしていきたいです。
長谷川:障がいのある方たちは、障がい者用ではなくて、一般的に流通しているおしゃれなものを着たいし、使いたいと思っていらっしゃるんですよね。
筧:裏表前後ろのないアイテムは、世の中にないわけではありませんし、障がいのある方が暮らしやすい便利な服も世の中にはあります。けれど、筋ジストロフィーのため車いすで生活をしておられて、「オールライト研究所」研究員でもある木戸奏江さんにお聞きすると、そうした商品は価格が高いし、いかにも障がい者向きのデザインで、手を出すのに躊躇してしまうことがあったそうです。
長谷川:そんな木戸さんが、「フェリシモが“みんな”にとって使いやすい商品を作ってくれてうれしい」と言ってくれことが印象的でしたね。
筧:そして、世間で一般化されることが大事なのだとおっしゃっていて。例えば、木戸さんは、自動で出てくるハンドソープの容器をずいぶん前から使っていました。しかし、コロナ以降、みんなが使うようになったからバリエーションが増えて価格も安くなったと。流通するからこそ、おしゃれそのものもニッチなグッズも、普遍的なものになっていく。私たちフェリシモが、手に取りやすいアイテムをお届けすることで「マイノリティデザイン」をもっと一般化していけたらいいなと思います。
永富:障がいのある人にはおしゃれは縁遠いものだと思われているけれど、介護するときの利便性や機能性だけを重視するのではなくて、おしゃれをしたいという気持ちも大事にした洋服やグッズが世の中にもっと出てきたらうれしいなぁって思います。
オールライト研究所
オールライト研究所は、「そのままでたのしいそのままがたのしい暮らし」をみなさまと一緒に作り出すプロジェクト。『マイノリティデザイン』の著者、澤田智洋さんをゆる研究員に迎え、さまざまなテーマで商品開発を行います。
IT’S ALL RIGHT. ありのままで。
裏表のない世界
オールライト研究所のプロジェクト第一弾。 誰にもやさしく、かっこいい。 すべての着こなしが正解の、裏表も前後もない服です。 あなたが今日も笑っていますように。
コメント
コメント
服のことは素人ですが、この一着に込められた心遣いと苦労は、並々ならないものがあったことは想像出来ます。
姪が、服の縫い目にトラウマがあり、ほつれ止めやシャーリングなどの複雑な縫い目に、生理的な嫌悪感を持ってしまいます。今回のTシャツには希望が持てたのですが、ポケットの裏側の仕上げが無理そうでした。肌に当たる部分だけでなく、身に付ける服の全てが気になるそうです。こういう人がいることを、参考にしてもらえればと思います。
ぱんたさま
コメントありがとうございます、大変うれしいです。
今回の商品、姪御さまのご期待に沿えず残念ですが、これからの商品開発において、貴重なご意見として拝読させていただきました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
フェリシモ環境事務局