作品の世界観やメッセージを具現化し観客に届ける「宣伝美術」のお仕事 ー羽尾 万里子さん(後編)ー【連載】推し事現場のあの仕事 #002
公開日 2021.07.23 / 最終更新日 2021.07.20
わたしたちの“推し”が輝いている劇場やライブ会場といった“現場”。そこではふだんスポットライトを浴びることが少ない、多くの人々によって作品が作られています。本連載では、現場の裏側から作品を支える様々なクリエイターたちに焦点を当て、現場でのモロモロや創作過程のエピソードなど、さまざまな“お仕事トーク”を深掘りしていきます。
第2回目のゲストは、舞台『刀剣乱舞』、『魔法使いの約束』、『幽☆遊☆白書』、ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』など、さまざまな舞台作品の宣伝美術を手掛けるグラフィックデザイナーの羽尾 万里子(はお まりこ)さん。
後編ではミュージカル『ロミオ&ジュリエット』のビジュアル製作や、この業界に入ったきっかけ、羽尾さんご自身の“推し”についてうかがいました。(編集部)
▼前編はこちら
二次元と三次元、両方のファンに愛されるビジュアルを創りだす「宣伝美術」のお仕事 ー羽尾万里子さん(前編)ー【連載】推し事現場のあの仕事 #002
1枚のチラシがきっかけで大好きな作品の宣伝美術担当に
――羽尾さんが小学生の頃から大好きだった『るろうに剣心』。そのミュージカル版(2020年)の宣伝美術を担当することになったきっかけは1枚のチラシでした。
羽尾 自分でも本当に驚きました。2019年に少年社中の『トゥーランドット~廃墟に眠る少年の夢~』という作品の宣伝美術をやらせていただいたのですが、そのチラシを演出家の小池修一郎先生がご覧になって、『るろうに剣心』公演の主催会社から「(スタッフの)候補に羽尾さんを入れてもいいですか?」と連絡があったんです。当然「ぜひお願いします!」と即答しました。
――IHIステージアラウンド東京で上演予定だった小池徹平さん主演のミュージカル『るろうに剣心 京都編』は、残念ながらコロナ禍で全公演中止になってしまいました。が、小池修一郎さんと羽尾さんのお仕事のご縁はその後も続きます。
羽尾 ミュージカル・ゴシック『ポーの一族』とミュージカル『ロミオ&ジュリエット』の宣伝美術も担当させていただきました。『ポーの一族』は宝塚歌劇団でも上演されていましたし、萩尾望都先生の原作もありますので、作品のトーンを理解しやすかったのですが、『ロミオ&ジュリエット』はいい意味で試行錯誤を重ねた作品です。
『ロミオ&ジュリエット』のビジュアルに込められたメッセージ
――ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』、2021年版のビジュアルは少しくすんだ赤基調ですよね。かなり斬新だと思いました。
羽尾 『ロミオ&ジュリエット』については、小池先生の中に“こうしたい”という明確なイメージがありましたので、そのビジョンをどう宣伝ビジュアルに反映していくかがポイントでした。
――どんなイメージだったのか気になります。
羽尾 この作品のベースになっているのがシェイクスピアの戯曲ということもあり、どうしても『ロミジュリ』はクラシカルなカラーが前面に出やすいんです。でもプロデューサーから、小池先生は“近未来の荒廃した世界”という強いイメージをお持ちだとうかがい、それを具現化する方向で動きました。
――オリジナルのフレンチロックミュージカルも、シェイクスピアが描いた14世紀のヴェローナとは異なり、劇中にスマホが登場する世界観です。
羽尾 今回の2021年版では、雨の中の荒廃した近未来をイメージしました。それにプラスして、このコロナ禍で分断されてしまった恋人たちの姿をビジュアルに起こそうと思ったんです。雨粒が当たっているあの透明な板、あれは今、私たちが日々目にしているアクリル板です。
――アクリル板で分断された恋人たち……!まさかモンタギュー家とキャピュレット家の争いが、こういう形でも表現されているとは思いもしませんでした。そしてさまざまな時代のリンク!お話をうかがう前と後とでは、作品ビジュアルに込められた意味の理解度もまったく変わってきますね……凄い!
羽尾 いやいや、ありがとうございます(笑)。
――羽尾さんは2.5次元作品とミュージカル作品の両方を手掛けられていますが、宣伝美術における両者の1番の違いって何でしょう。
羽尾 1番の違いはやはり舞台版の元となる原作の“絵”があるかないか、ですね。2.5次元作品の場合は漫画やゲームといった“絵”がありますので、比較的ビジュアルのイメージはしやすいです。
ミュージカル作品についてはまだ勉強中ではあるのですが、はっきり“絵”として元になるものがない分、演出家の方のイメージを具現化する作業の割合が多くなる気はします。
一般企業への就職を経てプロとして宣伝美術の世界へ
――ここからは羽尾さんご自身についても掘らせてください。もともと、大学時代にご自身も演劇をやっていらしたんですよね?
羽尾 明治大学在学中の4年間は、学内の演劇サークルにいて、宣伝美術をやったり舞台装置を作ったり、時には役者として舞台に立ったりもしていました。
――でも、そのまま舞台業界には進まず、就職を。
羽尾 広告代理店で営業職に就きました。ですが、就職してリーマンショックの嵐に巻き込まれ、社内の人が減っていくのを見て不安になり、自分も退職したんです。
――そこからは何を?
羽尾 美大に入るための予備校に通って、藝大入学を目指しました。2回受験して1次は合格したんですけど、その先が厳しくて。と、そんな状況の中、バイトで入った会社でデザインにも関わらせてもらうようになりました。その頃も知人に頼まれた小劇場のチラシは作っていて、それらの作品をデザイナー登録サイトにアップしていたら「一緒にやりませんか」と連絡をくださった方がいたんです。それがいわゆる商業作品で宣伝美術の仕事をするようになった第一歩ですね。
――才能が見出された瞬間!羽尾さんはこれまで何作くらいの舞台で宣伝美術を担当されたのでしょう。
羽尾 うわあ、ちゃんと考えたことなかったです(笑)。学生時代からやっている小劇場関係を除いて、商業ベースの仕事を始めた2012年からカウントすると、すでに3桁は超えている気もします。
――このお仕事における“師匠”的な方は?
羽尾 それがまったくいないんです。私の場合は学生時代のアマチュアの現場からスっとプロの世界にスライドした形ですから。舞台の宣伝美術もそうですし、デザインに関してはほぼ独学なので、この世界では珍しい経歴かもしれません。業界の入り方としては、美大でデザインを学んだり、デザイン事務所で先輩について勉強して……というのが一般的だと思います。
――この世界でつねにクリエイターとして走り続けるコツってなんでしょう。
羽尾 私は運の良さでここまでこられたと思っているので、あまりお伝えできることはないのですが、つねに引き出しを作ることは大切だと思います。いろいろな人のデザインを見て、その人が何を表現したのかを考えたり。
――チームで動く舞台芸術に関しては、コミュニケーション能力も大事な気がします。
羽尾 確かに。特に舞台の宣伝美術では製作時に言葉のイメージのすり合わせ作業が必要です。たとえば“カッコいいデザインが欲しいんだよね”とオーダーが来た時の“カッコいい”がどういう“カッコよさ”なのかを、発注側と共通認識を持って作業を進めていかないと、あとで大変になったりもしますし。
カッコいい、あ、スタイリッシュってことね、ハイ了解!……みたいに自分の感覚だけでデザインを進めるのは危険なんですよ。そういう意味で、相手が話す言葉のイメージや真意を確認するのはこの仕事をする上で大切なことだと思います。
“推し”と宣伝美術の仕事にかける想い
――羽尾さんご自身の“推し俳優”さん、差支えなければうかがいたいです。
羽尾 生瀬勝久さん!
――おお!予想を超えた球が飛んできました。
羽尾 もともとドラマで拝見している時から素敵な俳優さんだと思っていたのですが、ある作品を観劇した際に、まだ舞台裏にいる生瀬さんの声が聞こえてきて、その瞬間から凄いオーラが客席にぐわーっと迫ってきたんです。
――登場していないのに。
羽尾 そうそう(笑)。登場後はさらに凄いオーラを放たれていて、無条件に「おおおー!」って撃ち抜かれました。
――ありがとうございます。他にも“推しもの”があればぜひ!
羽尾 私、漫画が大好きで、特に青年漫画を好むのですが、中でも『寄生獣』の作者・岩明均さんをめちゃくちゃ推させていただいています!漫画家さんって、絵が上手い人、ストーリー展開が上手い人はそれぞれたくさんいらっしゃいますが“漫画が上手い”作家の最高峰が岩明均さんだと思っています。
――深い……!最後に、私たち観客が羽尾さんデザインの公演ポスターやチラシを見る際、注目ポイントなどあれば教えてください。
羽尾 まずは、そのビジュアルがどんな舞台作品として立ち上がるのか、ファーストインプレッションをワクワクしながら楽しんでもらえたら嬉しいです。そして実際の舞台を観劇した後に、チラシやポスターをもう1度じっくり見て「あ、このビジュアルはそういうことだったんだ!」と、宣伝美術に込められたテーマや意味を読み取っていただけたら最高に幸せです。
【取材note】
ふと手に取った舞台のチラシ。その1枚を見て「この世界観に触れたい!」と劇場に足を運んだことはありませんか?今回、さまざまな作品で宣伝美術を手掛ける羽尾万里子さんにお話をうかがって、作品のチラシやポスターは、私たちを劇場空間へ連れて行ってくれるもう1枚のチケットなのだと思いました。
ポスターやチラシにはその作品に込められた作り手の想いがぎゅっと凝縮されています。言葉でなくビジュアルで訴えかけてくるメッセ―ジを観劇後に読み取ると、幕が降りた舞台の向こうに新しい物語が見えてくるかもしれません。
奥深い宣伝美術の世界へようこそ!
(取材・文・撮影 上村由紀子)