1公演で○役を演じる!?役替わりのプロフェッショナル「アンサンブル」のお仕事 ー可知 寛子さん(前編)ー【連載】推し事現場のあの仕事 #001
公開日 2021.05.14
わたしたちの“推し”が輝いている劇場やライブ会場といった”現場”。そこではふだんスポットライトを浴びることが少ない、多くの人々によって作品が作られています。本連載では、現場の裏側から作品を支える様々なクリエイターたちに焦点を当て、現場でのモロモロや創作過程のエピソードなど、さまざまな“お仕事トーク”を深掘りしていきます。
第1回目のゲストは、『エリザベート』、『ミス・サイゴン』、『モーツァルト!』、『プロデューサーズ』など、さまざまな大型ミュージカル作品に出演し、ステイホーム期間中に立ち上げたYouTubeチャンネルも大きな話題となったミュージカル俳優の可知寛子(かちひろこ)さんです。
ミュージカルの創作現場での仕事や、“アンサンブル”として作品を支える楽しさや大変さなどをうかがいました。(編集部)
プロの舞台の扉を開いたのは手書きの履歴書
――ミュージカル俳優として活躍なさっている可知さんが、この世界の扉を開いたきっかけを教えていただけますか。
可知 大阪芸大を卒業後、USJのショー『ウィケッド』にヒロインの1人として出演していたのですが、3年経った時に活動の拠点を東京に移そうと思ったんです。
――それはなぜ?
可知 USJでの仕事はとても楽しかったです。でも、このままここにいていいのかな……と次第に思うようになって。大学時代の友人が劇団四季で活動していたこともあり、彼女たちを頼って上京し、しばらくは深夜のスポーツジムで受付のアルバイトをしながらレッスンを続ける日々でした。
――そこから道が開ける出来事が。
可知 鳳蘭さん主演の『COCO』という作品で出演者オーディションをしていると友人に聞き、ぜひ受けたいと思ったものの、すでに書類の提出が締め切られていたんです。だけど、ダメもとで問い合わせをしたら、エントリーさせてもらえることになって。
――おお!
可知 でも、わたし、東京に来てからも事務所には所属していなかったので、プロのオーディションのプロフィール用紙の書き方がわからなかったんですね。
――書式があるんですよね。そこに則って、これまでの出演歴やレッスン歴、身長や体重、趣味や特技を記載する。
可知 そうなんです。当時はそれをまったく知らなくて、文房具屋さんで売っている履歴書にボールペンで記入して、主催者に送っちゃったんです。なんなら写真も通常の大きいサイズのものではなく、証明写真の小さいやつを貼って出した可能性もあります。
――アルバイト先に提出するモードで。
可知 そのまま当日、オーディション会場に行って名前を伝えたら「手書きの子、来たでーー!!」って受付の人が笑っていて、なんだか周りがザワザワしだして。どうやら、履歴書を手書きで書いて送ってきた変な子がいるって、事務局で話題になっていたらしいんですよ(笑)。
――それ、つかみはOKじゃないですか(笑)。
可知 それが良かったのか今となっては謎ですけど(笑)、モデル役の1人としてオーディションに通って、その作品がきっかけで今の事務所に所属することにもなりました。
――手書きの履歴書で人生の扉を開いた俳優。
可知 そう考えると、人生、どこで何が起きるかわからないですよね(笑)。
――いや、本当にそうですよ。あとでそこも掘らせていただきますが、可知さんがYouTubeで多くの人に知られたことの大きな意味のひとつが、ミュージカルにおける“アンサンブル”の仕事の重要性を世に知らしめたことだと思うんです。
可知 本当ですか、それはうれしいです!
作品を支えるアンサンブルとしての役割
――ミュージカルの世界では、役名があり、歌のソロや芝居の大きな見せ場がある人を“プリンシパル”、コーラスやダンスに加えて1人で何役もこなす役割の人たちを“アンサンブル”と呼びますよね。
可知 そうです。わたしの場合は、大型ミュージカルだとアンサンブルキャストとして出演することが多いですね。
――アンサンブルとして作品を支える役割。
可知 これは個人的な感覚ですけど、もしかしたら、アンサンブルにも2種類いるかもしれないです。
――そこ、詳しく伺いたいです。
可知 いつかメインをやりたい。そのために今はアンサンブルとしてがんばり、少しずつでも階段を昇って行くんだと思いを燃やすタイプと、アンサンブルを専門技能ととらえて、その中で自分の役割を全うしながら、楽しみを見つけていくタイプ。
――ああ、なるほど!ちなみに可知さんはどちらですか?
可知 難しいですよね。これまでは特に野望みたいなものはなかったんですが、だんだん年齢が上がっていく中で、考えるところもでてきました。だからと言って「よっしゃ、階段を駆け上がるぞ!」ってタイプでもないですけど(笑)。しいて言うなら、それがプリンシパルであれアンサンブルであれ、「この役は可知にしかできない」「可知に任せてよかった」って言われる存在でいたいと思います。
――まさにプロフェッショナル!ちなみに昨年、井上芳雄さん、吉沢亮さん、大野拓朗さんと共演なさった『プロデューサーズ』では何役くらい演じました?
可知 じつは『プロデューサーズ』は1幕で2役しかやっていないので、そんなに多くないんです。全部で4、5役くらいかな。多いと劇中で12回くらい着替える時もありますから。
――そこまで衣裳の点数があると、間違えちゃったりしません?
可知 それはありますね。あるミュージカルで急いで着替えて舞台に出た時に「なんか、歩きやすいわー」って思ってふと足元を見たら、貴族の役でドレスを着ているのに、民衆役の時の靴を履いちゃってたんですよ。顔からすーっと血の気が引きました。
――ああ、靴は間違えそう!
可知 衣裳の早替え場って狭い空間に人がひしめき合っているので、ちょっとでもタイミングがずれると間に合わないこともあったり。
――他にも“ミュージカル俳優あるある”みたいなエピソードがあればぜひ。
可知 基本的に、みんな声が大きいです(笑)。今はこういう状況なので、集まって食事に行く機会も作れないですが、以前はかなりうるさかったですね。あと、観客としてミュージカルを観ている時に、舞台上の誰かが音を外すとすぐにわかります。
――あるあるですね(笑)。アンサンブルにも歌班、ダンス班みたいな括りはあるんですか?
可知 もちろん、両方できないとダメですが、ダンスが得意な人と歌が得意な人に別れますよね。わたしは歌が得意な人チームなので、たまにダンスが上手い人チームを羨ましく思ったりすることもあります。
――どうして?
可知 場面によってはダンスシーンの華やかさに歌が隠れてしまうというか。ダンサーさんたちが派手に踊って拍手を浴びている後ろで歌っていると「歌もがんばってるよ!」と心の中で叫んだりします(笑)。
ミュージカルの創作過程で行われる「歌詞検討会」とは?
――歌といえば、可知さんがよく参加する「歌詞検討会」。ミュージカル作品をクリエイトする中でそういう時間があるんですね。
可知 特に海外作品や新作の場合、訳詞や歌詞が音に乗った時、本来の意味を損なわず自然に聞こえるか、演出スタッフを前に俳優が歌い、齟齬があれば修正していく作業です。やはり、楽譜にした時と実際に歌った時とでは印象が変わる場合もありますから。これは正確に譜面が読めて音が取れることと、その場で楽譜を渡された時に、初見読みができることが強みになる仕事です。
――さすが、歌班!
可知 子どもの頃から音楽教室に通っていた経験が生きているのかもしれません。4月から5月にかけて、日生劇場と御園座で出演した『ゴヤ -GOYA-』はオリジナルの新作ミュージカルですが、音楽も稽古中にフレキシブルに変わっていくので、参加させていただいてとても勉強になりました。
――『ゴヤ -GOYA-』は今井翼さん主演で、スペインが舞台のオリジナルミュージカル。海外のミュージカルを翻訳して上演するのではなく、脚本・作詞・作曲・演出等のクリエイションをすべて1から立ち上げるので大変なことも多かったと思います。
可知 まさにそうで、今回は本役の俳優さんたちが稽古に参加する前に、アンサンブルが集められて、ワークショップ的なことをしながら作品に肉付けする時間もあったんです。わたしは本番でキムラ緑子さんが演じる役をやらせもらいました。ここまで1から丁寧に創作するミュージカルは珍しいので楽しかったですし、貴重な体験でしたが、稽古中は毎回燃え尽きていました(笑)。
推し事をお仕事に、そして箱推しできるあの劇場
――可知さんは“推される”立場でもあると思うのですが、ご自身が推している人や事柄があれば教えてください。
可知 まず、わたしはミュージカルが大好きなので、自分が推しているものに参加させてもらっている喜びは大きいです。
――推し事をお仕事に。
可知 本当、そうですよね(笑)。あと、その関連でいうと、日比谷の日生劇場は“箱推し”です。
――おお、新たなタイプの“箱推し”(笑)。日生劇場は劇場に足を踏み入れた瞬間から特別な気持ちになれますよね。
可知 素晴らしいと思います。客席内も豪華。
――天井に貼られたアコヤ貝や、1枚1枚手作業で貼り付けられたタイルやガラス。
可知 最高ですよね。劇場内のスタッフさんの対応も素敵ですし、全力で推せます。
――わかります、非日常空間!可知さんはステイホーム期間中に立ち上げたYouTubeチャンネル『魅惑のかちひろこ』でも大きな注目を集めていますが、今の自身の状況について、思うところを聞かせていただけますか?
可知 個人の実感ですが、以前に比べてミュージカルの世界も開けてきた気がします。多分、少し前だったら「え、YouTubeなんかやってるの?」ってネガティブにとらえる人もいたと思いますし。でも、今はどんなことでも自分の武器にできます。もちろん、歌やダンスの実力はあったほうがいいですが、それだけではオーディションに通りづらくなっている現状もありますし、ミュージカルの現場でも個性が重要視されてきていると感じます。
◆可知寛子さんインタビュー「後編」ではYouTubeやオリジナルのミュージカルファングッズについて深掘りします!
(取材・文・撮影 上村由紀子)
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