講演録
第1部
■食べものの原点である有機栽培、無農薬のものを口にしたい
浅香さん:
冒頭でパンづくりのVTRを見ていただきましたが、あれは十勝の映像ですか。
山﨑さん:
そうです。昨年、オーガニックの農家さんにお願いして麦を育てていただき、麦を刈るところから脱穀も選別もすべて手でやりました。さっき木の樽でやっていましたが、あれは北海道の木を使いました。ちょうど北海道の十勝に伊勢神宮の副棟梁がいらっしゃいまして、その方にお願いして1枚の板で樽を作っていただきました。ふたつ作っていただいて、大きい方で天然酵母を起こして自分たちで作った小麦でパンを練ります。今日は、僕が作ったわけではないのですが、僕が十勝で教えたパン屋さんが手づくりしたものを送っていただいていますので、後で試食してください。すべて手で作っています。VTRの作業台は木ではありませんでしたが、実際は全部木でやっています。楽しみにしてください。
浅香さん:
そもそも十勝に行かれた理由は何ですか。
山﨑さん:
僕はオーガニックに興味がありまして、広めるには十勝でないといけないというのがひとつあります。十勝は広大な平野で農業をされていて、ひとつの農家さんがオーガニック、有機栽培に変えるだけですごい量の小麦がとれます。僕は地元が九州で、九州も熊本や福岡は小麦の産地ですが、比べものにならないくらい平野が大きいです。だから北海道の農家さんに賛同していただかないと日本の農家は変わらないということで十勝にお願いしています。
浅香さん:
オーガニックという言葉をよく聞きますが、なかなか僕たちの生活の中で手軽に手が伸ばせないと思います。オーガニックを広めていきたいという所に何かシェフとしての思いがあるのですか。
山﨑さん:
オーガニックはいいとか悪いとか、おいしいとかおいしくないとか、さまざまな意見があると思いますが、人間は動物で生きている限り食べないと死んでしまいます。昔はケミカルはありませんでした。農薬も肥料もなかったわけです。だから食べものの原点である有機栽培、無農薬のものを口にしたい。そしてパンがいちばん手軽に食べていただけて、僕はパンとお菓子をやっていますので、オーガニックの小麦に目を付けたということです。
浅香さん:
先ほどの映像は短いものでしたが、僕は個人的にパンが大好きなので、あの映像をこの80分ずっと見ていられるなと思いました。
山﨑さん:
ありがとうございます。
浅香さん:
小麦畑も映っていましたが、ああいう世界もなかなか見ることがないと思います。十勝の大地でとれたもので作るということはシェフのメンタルの部分で大きな影響はありますか。
山﨑さん:
あのビデオは2017年、オーガニックを広めたいということで農家さんを集めて講演会や勉強会をした時に作りました。農家さんは自分で育てた小麦でパンを作ったことも食べたこともないのです。要するに、小麦は作るけど自分が育てた小麦がどういうふうにみなさんの口に入っているかがわからないので、農家さんが作ったものを石臼で引いて、手で作って、簡単にできるのを農家さんにも知ってもらいたいと活動しています。
浅香さん:
先週、小麦畑に行っていて顔が真っ黒になっているのですが、実際に収穫をしてきました。パン屋さん自身も小麦畑に行くことはないとパン屋さんにお聞きしました。実際に小麦畑を見ますと、パンの原料を見るというか、いままで完成型のパンしか見ていなかったのが、その先を知ることでパンのおいしさがすごく変わってきます。パン職人さんも小麦畑とか農家さんとつながるといい影響があると思いますが、そういうことに関してはどうですか。
山﨑さん:
最初は5、6年前に十勝の麦を広めようという活動がありまして、呼ばれて北海道に行きました。その時に十勝のパン屋さんを回りましたが、ほとんど内麦や地元の小麦を使っていないのです。でも十勝の麦を広めたいと。見ると有名なフランスの小麦粉や大手の小麦粉が並んでいるわけです。話を聞くと、彼らは東京の有名なシェフが使っている材料でパンを焼きたいと言います。でも十勝は小麦の産地です。地元なので農家さんとは結構話をしているみたいですがなかなか使わないという、それが現状です。
熊本もそうです。僕は九州出身で、熊本も有数の小麦産地ですが、そこのパン屋さんも地元の小麦は使わずに内麦を使っていて、どこの内麦かというと北海道です。「九州の麦はパンには向かない。だから北海道の麦を使う」と結構ちぐはぐです。ただ、最近は料理人が農家さんに行ってにんじんを引き抜いて泥がついたままチョチョッとはらってガリっと噛んで「これはうまい」ということをテレビでよくやっていて、その影響も少しはあると思いますが、最近は僕たちもなるべく農家さんに行きます。ただ、小麦はかたいから噛むと歯が折れる可能性もあります。
いま、もう本州は収穫がほとんど終わりかけという感じがありますが、北海道はいまちょうど実をつけています。食べたらすごくおいしいです。
浅香さん:
僕も実は先週、取って、もんで中の小麦を口に含んで食べたのですが、それはまだ熟す前だったので噛み切れて甘みがありました。初めて食べましたが、生で食べるとお米のような感じです。
山﨑さん:
そうです。
浅香さん:
そういう経験はいままでしたことがなかったので、畑に行くことは意味のあることだと思います。このお話の前に少しお聞きしていたことがあって、フランスでは町にひとつのパン屋さんがあって、フランスの職人さんは自ら麦畑を見て、その成長を見ながらパンを焼いていくということでしたが、そういうことをしているとパンづくりはやっぱりやりやすくなるのですか。
山﨑さん:
パンの主原料は小麦粉です。小麦粉をいちばん多く使い、その次に水を使います。フランスではだいたい村にひとつ製粉会社があって、地元の小麦を地元で製粉してそれを僕たちがパンにしますので、パン屋さんは農作物としてしっかり見ています。ただ、日本のパン屋さんは25kgの紙袋にもう白い粉末になって渡されるので、工業製品的な感覚しかないです。白い粉ですからこれが農作物というのがイメージできないのです。フランスの人は1年中小麦畑を見ながら通勤してパンを作っているので、今年の麦はどういうふうに育っているのかが肌で感じとれて、それがパンづくりに生かされます。僕たちの場合は質が悪くなったりすると製粉会社に電話して「なんだ、この小麦は」と言うのですが、フランスではそういうことは一切ないです。
浅香さん:
それは逆に言うと、小麦のブレがあっても職人さんの技術で補えるということですか。
山﨑さん:
それが技術者と言われるものではないですか。技術がなければパンはできません。それだったらホームベーカリーを100台買ってパンを作るほうがうまくできると思います。
浅香さん:
安定するということですね。
山﨑さん:
はい。おいしいと思います。
■伝統的な製法を伝承したい
浅香さん:
個人的に山﨑シェフに興味を持っていることがあります。シェフが場所を借りて講習会をすることがあります。そういう方はお店を持ちながら空いている時間に講習をされますが、山﨑シェフはお店を持たずに技術指導だけでお仕事をされています。僕はいろいろなパン屋さんとおつきあいがありますが、そういう方を見たことがないのですが。
山﨑さん:
そうですか。
浅香さん:
はい。
山﨑さん:
お金がないだけなので。
浅香さん:
いえいえ。
山﨑さん:
お金と決断力がないというか。
浅香さん:
なぜ技術でいこうという感じになったのですか。
山﨑さん:
若い時はお店を持とうと思ってお金も貯めました。いろいろあって挫折したのですが、僕は若い時から技術指導をしていて、お店に入ってシェフをしながら休みの日に全国を回っていました。シェフだから許されるのですが。それで、いろいろなところを回っていくとすごいパン屋さんがたくさんあるのです。僕は本質的なおいしいパンをしっかり作っていただきたいということで、いま、活動しています。僕が作るのが本物でほかはにせものというわけではないのですが、伝統的な製法を伝承したいととで活動しています。
浅香さん:
いま、パン屋さんもどこの会社もそうですが、人手不足やなかなか技術者が育たない環境です。シェフのような存在は希有で、みなさん望まれていると思います。そういう方たちに、シェフが技術指導というところで「これだけは伝えたい」といつも心掛けていることはありますか。
山﨑さん:
よく「長時間発酵はおいしい」と言いますが、パンは全然、長時間発酵ではないです。よくやっても72時間、3日とか4日です。みそやしょうゆ、お酒から比べると「えっ? 」と言われます。そういう人に「パンって何年発酵させてるの」と言われても「すみません、何時間なんです。へたしたら30分でパンはできるんです」という話になります。僕は長時間発酵させたらおいしいパンができるというのではなくて、ただ単に長く発酵させても実際おいしくなくなるので、自分がどんなパンを作りたいのか、そこをしっかり見極めてほしいです。
またいま、「水をたくさん入れればおいしくなる」という感覚に世間がなっていますが、そこはいちばん危ないと思います。なんでもかんでも水をたくさん入れればいいとか長く発酵させればいいとか、そういうことだけは若い技術者に勘違いしてほしくないと思います。
浅香さん:
打ち合わせの時に「小麦粉は魔法の粉だ」というシェフの言葉がありましたが、それについて詳しく教えてください。
山﨑さん:
小麦は麦自体はかたいです。そして粉にするとさらさらの状態です。ちょっと間違えれば問題の粉に近くなると思いますが、小麦粉はお菓子もできて、神戸でしたら明石焼、パンケーキ、うどん、パスタ、パン、クッキー、なんでもできます。そういった食材がほかにあるかというとたぶんないと思います。あの白い粉を主原料としてかたいパン、やわらかいパン、いろいろなものができます。そういう意味で僕は魔法の粉、そういうとちょっとまずいですけど、小麦粉は素晴らしい食べものだと思います。
浅香さん:
いろいろなものに変化して可能性があるということですね。
山﨑さん:
そうです。オーブンがなくてもちょっと火があれば食べものとしては成り立ちます。加熱したほうがおいしいです。
■生き生きしたパンを作っているお店が大好き
浅香さん:
僕は年間、200軒くらいパン屋さんを回っていまして、神戸のパン屋さんはすごく注目してよく来ますが、シェフは神戸で気になるとか影響を受けたパン屋さんはありますか。
山﨑さん:
影響を受けたのは、今日もみなさんに試食していただきますが、フロイン堂さんです。
浅香さん:
みなさん、フロイン堂さんに行かれたことはありますか。
山﨑さん:
神戸市の岡本にあるパン屋さんです。調理師学校時代にフロイン堂さんが手でパンを作っているということで見に行きました。ただ、僕は若造で、こういう性格なので飛び込めなくて店の前でモジモジしていたのです。当時は大丈夫でしたが、いまだったらたぶん警察に捕まります。そうしたら親父さんが出てきて「何しに来たの? 」と聞かれて「興味があって来たんです」ということで中に入れていただきました。当時は薪でパンを焼いていて、僕には宝石のように輝くオーブンがあって「素晴らしいパン屋だな」という印象を最初に受けました。だから、もし竹内さんが僕のことを不審者として対応していたら、僕はたぶんパンをやっていなかったと思います。体力がないので実際にフロイン堂さんで働いてはいなくて話を聞くだけですが、フロイン堂に行って感銘を受けました。
浅香さん:
僕はお店に入ったとたんに空気感がすごく変わって、時代が昭和に戻ったような不思議な感覚になります。先ほどフロイン堂さんのパンを食べさせていただきましたが、素朴でからだになじんでいくようなパンで、ずっと残ってほしいパンのひとつだと思います。ほかに神戸で気になるパン屋さんはありますか。
山﨑さん:
たくさんありますが、固有名詞を出していいのかどうか。
浅香さん:
でも聞きたいですよね。
山﨑さん:
ハハハ。ブーランジェリー レコルトさんとか好きです。
浅香さん:
松尾シェフの。
山﨑さん:
彼も信念がしっかりしていて、お店に行ったら楽しくてわくわくします。パンの方から「僕、食べて」「これ食べてよ」「こっちじゃないよ」「私、食べてよ」という感じで彼のパンは訴えかけてきます。僕はそういうパンをずっと目指しています。悪く言えばきれいではないのですが、僕にとってはきれいなのです。ちょっと表現がわからないかな、不ぞろいといったら不ぞろいです。もう少していねいに作ったらいいのにというのはあるのですが、パンが生き生きしているのです。そこは大切だと思います。だから何か知らないけど手が出てしまうのです。最後は「いないかな、いるかな」と言ったら出てきてくれるのでお会計はゼロです。
浅香さん:
ハハハ。
山﨑さん:
ちゃんと払って帰りますから大丈夫です。そこがいちばん好きなのと、あとは少しはずれたら京都のル・プチメック。西山さん、彼は経営者です。彼のパンもおもしろいです。見ていて楽しいです。生き生きしたパンを作っているお店が大好きです。
浅香さん:
プチメックさんはお店ごとにパンの種類を変えたり、OMAKE(おまけ)はコッペパン専門店みたいなことをしていて、発想も豊かでおもしろいパン屋さんです。実は僕も先週行きました。京都はいま、パンの消費量が日本で1位なので京都に行くことも多いのですが、今日はせっかくですので神戸でシェフのおすすめを聞きたかったので教えていただきました。話は変わりますが、技術指導で全国を回っておられますが、海外にも多く行かれています。
山﨑さん:
最近はアジアが多いですが、アメリカも行っています。あとは中国、台湾、韓国、マレーシアです。
浅香さん:
すごいですね。もうお休みはないですね。
山﨑さん:
いえ、そんなことはないです。いつも休んでいます。
浅香さん:
技術的に、海外のパンを焼かれる方と日本のパンを焼かれる方の違いはどうですか。
山﨑さん:
日本がたぶん世界でいちばん技術を持っていると思います。ただ、発想が乏しいです。やっぱりパンの先進国というとヨーロッパです。ドイツ人やフランス人に比べると日本人の発想は少し弱いというのはあります。
浅香さん:
日本の方は技術的にはていねい。
山﨑さん:
ものを覚えるのが日本人は早いです。そして手先が器用でまじめです。ただ、最近の若者は、若者といったら年代があれですけど、日本人の若い技術者を見ているとちょっとだらしないです。中国、韓国、台湾の技術者はすごいです。目がギラギラして「これでもか」「これでもか」と聞いてきます。「そこまで教えてもおまえわかってねえだろ」というのはありますが、しっかり聞いてちゃんとメモを取って、疑問を持ったことは次の日にまた聞きにきます。昔は日本もそうでした。でも最近の日本の若い人たちはあまりそこまでは言わなくて、「新しいパンを教えてくれ」と言います。中国とか台湾の人たちは「新しいパンは自分で考えるから基本を教えてくれ。基本ができないのに新しいパンはできないから」と言います。建物を建てる時に土台をしっかりしておけば、もし何かで壊れても土台はそのまま使えます。そういう感じで向こうの人たちは基本をいま、一所懸命勉強していますから、日本のパン屋さんはこれから危ないと思います。
浅香さん:
僕もあるシェフに台湾で講習してきた時のお話を聞くと、講習後に「質問ありますか」と言ったら、ほぼみなさんが手を挙げて質問されるくらい熱い方が多いということでした。そういうところに山﨑シェフが教えに行くと、日本にとっては手強いシェフがいっぱい生まれるということですね。
山﨑さん:
いま、台湾、中国は国際コンクールでだいたい1位、2位です。日本はどんどん下がって元気がないです。それはちょっと胸が痛いです。
浅香さん:
ぜひ日本のシェフにも技術を伝えていただきたいと思います。山﨑シェフの本『手づくり絶品レトロパン』が出ていまして、これを見られた方はいらっしゃいますか。
山﨑さん:
ありがとうございます。
浅香さん:
素晴らしいです。僕は今日、聞き手特権でサインをいただいたのですが、ぜひこの本についてもお聞きしたいです。いま、新しいパンを作りたいシェフが多いという話をされている中で、この本のテーマはなぜレトロパンなのですか。
山﨑さん:
昔から僕はあんパンがいちばん好きです。日本でいちばんおいしいあんパンを作りたいと思っていて、それがひとつの夢でした。雑誌やテレビなどいろいろな取材を受ける時、テレビの場合は僕が言った言葉をそのまま使ってくれるかカットされるのですが、「あんパンがいちばん好き」と言ったところはたいがいカットされます。そして校正が来る時は、そこにカンパーニュとかバゲットとか訳のわからないパンが並んでいます。
浅香さん:
訳のわからないパン。
山﨑さん:
確かに、取材を受けているのはごつごつしたパンでそれを特集しているのに、いちばん好きなパンがあんパンだったら文章的にはおかしいですが、なかなか認めてくれなくて、認めてくれるようになったのはここ数年です。「やっぱり山﨑さんはあんパンが好きなんだね」と言ってくれるようになって、「それだったらあんパンの本を作って」ということになり、最初は断りましたがおいしい菓子パンをご家庭で作れないかということでいろいろお話をしてこれを作りました。だからいちばん食べやすい、僕の好きなもので、ただページ数で本当はクリームパン、あんパン、メロンパン、全部作りたかったのですが、やっぱり売れないといけないのでそればかりしてしまうと困るということで、ミルクパンとかいろいろ入っています。
浅香さん:
家庭でパンを作る時は300gくらい粉を使うと思いますが、パン屋さんやシェフが作られる量とは全然違うと思います。作られる時に何かご苦労はありましたか。
山﨑さん:
本当は200g、多くても250gで作る予定でした。家庭で300gは多いです。ただ、裏話ですが撮影が短くて、家庭用オーブンで失敗したらそれは載せないということでした。僕が作って失敗するようなものは家庭では再現できないということで。
浅香さん:
こんなこと、なかなか聞けないです。
山﨑さん:
4個か5個だけ焼いて、それで全部、写真を撮っています。それに手ごねなので、僕は最初機械で練ってちょっと手ごねでいいかなと思っていたらそれはダメだということで、だから全部このとおりに作っています。200gで作ると数がとれないので、そうしたら何十回も作らないといけないのでそれは僕も困るということで300gにしました。300gで写真を撮ったので焼く時は困りました。10何個、20個くらいできて、どうしよう、これは家庭ではできないということになって、そこは大失敗しました。だから僕が楽をしたいから300gになりました。
浅香さん:
なるほどです。読んでいておもしろいなと思ったのですが、ベーカーズパーセント、粉に対しての割合は普通、レシピ本は書かないです。ベーカーズパーセントを入れるのはプロ的な目線ですよね。
山﨑さん:
実はプロの人に見てほしいというのが僕の中にありまして、出版社の人といろいろ話をしました。だから「家庭用ですけど、このままプロでやったらおいしいパンができるよ。作って」という心の叫びです。
浅香さん:
SNSで投稿を見ていると、いろいろなシェフから「勉強になります」というコメントがいっぱい入っていました。
山﨑さん:
ありがとうございます。
浅香さん:
まさにそのとおりに生かされた本だと思います。国内もそうですが、海外でもこれからもっと技術を伝えていきたいというところから世界を平和にしたいという今日の大きなテーマにつながりますが、何か夢があるのですか。
山﨑さん:
貧しいから戦争をすると思います。資源が欲しいから戦争をする。資源がないから結局は貧しいわけです。だから豊かな生活をしていれば争いごとはないと思います。お米を食べない国は結構ありますが、小麦を食べない国はほとんどありません。それを考えた時にひと粒の小麦が世界平和につながるのではないかと、ちょっと壮大な物語ですが、そう考えました。
最初、司会者から「貧しい人もお金持ちの人も同じパンを食べている」という案内がありましたが、実際、そうだと思います。肉や野菜、果物になると、僕も貧乏人なので1個5,000円、10,000円する宮崎の太陽のタマゴ(マンゴー)は食べたくても食べられないです。でも、1個のパンはそんなに高くないです。パンの耳でもいいです。日本のパンは高いですが、世界的には小麦粉は安いですし、フランスでは大統領のパンも僕たちが食べるパンも一緒です。普通のパン屋さんで焼かれたパンが大統領府に行って、世界各国の要人が食べているわけです。大統領や世界の人たちのためにパンを焼いてはいないし、日本でいう天皇陛下もたぶんそうです。天皇陛下のためにわざわざ小麦を栽培して、製粉して、それなりの技術者がパンを焼いているかというとそういうことはしていません。パンはそんなにお金がなくても買うことも食べることもできます。だから、世界中の人がもっとパンを食べられるようになれば、飢え死にする人も少なくなるのではないかと考えています。
■食文化がわからないとパンのこともわからない
浅香さん:
そうですね。海外に技術講習で行くと1ヵ月くらい滞在されるのですか。
山﨑さん:
いや、無理です。
浅香さん:
どれくらいの期間、行かれるのですか。
山﨑さん:
教えに行く時は1週間が限界です。
浅香さん:
年に1回は海外に。
山﨑さん:
ヨーロッパには年に1回必ず、2017年は忙しくて行けませんでしたが、1ヵ月弱は行っています。2018年も11月に行く予定です。
浅香さん:
ヨーロッパと日本のパンを通じて食生活の違いはありますか。
山﨑さん:
向こうはパンが主食なのでパン中心です。日本の場合、パンは間食として食べられていて主食にはやっぱりなり得ない食べものなので、全然考え方が違います。
僕は23歳の時にドイツに初めて行ってシェフの家に呼ばれました。夕飯はすごい料理が出ると思ったら、ビールはありますけどパン5、6種類とハムが5、6種類とサラダだけでした。大きなステーキや豪華な料理が出て、「食ってみい」と言うのかなと思っていたら、僕からしたら質素なのです。それで落ち込んでいたら、シェフに「どうしたんだ。からだでも悪いのか」と言われて、「いや、違う。もっとおいしい、でっかいソーセージとか豚肉とかアイスワインとか何で出してくれないんだ」と言ったら、ドイツは夜にそういうのは食べないのですが、「パンが仮に5種類ある。ハムが5種類ある。これでサンドイッチを作ったらどれくらいの種類のサンドイッチができるか。すごく豪華だよ」と言われました。彼らは一切れのパンでふたりいたらこれを半分ずつ分け合います。自分が好きなサンドイッチを作ったら、もうそれだけで2種類のサンドイッチが一度に食べられるのです。それを考えると、100種類以上のサンドイッチができて、これを豪華と言わずになんと言うのだとずっと説教されました。
オチがありまして、向こうはかたいパンなのでお皿や台の上にパンくずがこぼれます。僕がさよならしようと思って立ち上がったら、そこでまた説教が始まったのです。「このパンくずをおまえは捨てるのか。こんなもったいないことをしていいのか。おまえはパン職人になりたいんだろう」と延々と1時間くらい説教されました。最後は嫌々食べましたが、23歳の小僧ですからそんなことを言われても頭に血がのぼって、「なんで俺、こんなんせなあかんねや」ということがありましたが、向こうで生活して向こうの文化を知って初めて「俺はなんて情けない小さな人間だったのか」と気がつきました。僕も小さいころ、親に言われていました。「おかずは残してもご飯粒は絶対残したらダメです。ひと粒でもきれいに食べなさい」と教えられて、その時に「そういうこともあったな」と。だから食文化を勉強しないと、パンだけ、料理だけ勉強してもダメだなと思い、それで1ヵ月くらい向こうに行くようにしています。
浅香さん:
それくらい行くことによって土地の文化もわかり、食生活もなじんでくるのですか。
山﨑さん:
いまはそんなことないですけど、フランスのお菓子は小さくて、甘くて、重たかったのです。ウィーンのザッハトルテをみなさんご存じですよね。甘くて食べられません。ただ、向こうの地に1週間、2週間いると食べたくなるのです。向こうのそういった甘い、重たいお菓子を欲するのです。料理も結構しょっぱいです。最初しょっぱいなと思っていても、からだが向こうの気候になれると自然とそれがおいしいのです。だから結局行って気候とかに慣らさない限り、向こうの本当の食べものの味はわからないというのがあるので、時間が許す限り行っています。
浅香さん:
デュンケル小麦とかドイツのパンはなかなか一般の方は食べにくいと思いますが、向こうの料理と合わせながら食べないと僕たちも食べられないですか。
山﨑さん:
デュンケルは食べにくいですか。
浅香さん:
僕は全然食べますが、日本人は酸っぱいというのでネガティブワードになっています。
山﨑さん:
それはたぶんパン屋さんが悪いです。
浅香さん:
そうなのですか。
山﨑さん:
僕が23歳でドイツに行った時は、もう一般的にデュンケルのパンはドイツでは普通に出回っていて、僕もそのころからデュンケルの小麦と接してパンを作っていました。いま、デュンケル、デュンケルと言われていて、むずかしい、ふくらまない、酸味がでる、重たい、ぱさぱさするとか言われますが、それはデュンケル小麦の作り方をしていないというか、普通の小麦と同じような使い方をしているからよくないということです。
浅香さん:
その小麦にあわせてパンを作らないといけないということですね。
山﨑さん:
そうです。国内産小麦もパンがふくれない、次の日になったらもうかたくなって食べられないとよく言われますが、よくよく考えるといままで外麦でされているので、内麦に外麦の作り方をしているのです。それは元々全然性質が違うものなので、やっぱり小麦にあったものを作らないといけないということです。
浅香さん:
全粒粉は最近からだにいいとよく耳にしますが、全粒粉は健康志向でさらに深まっていきますか。
山﨑さん:
世界の流れはもう全粒粉です。なぜかというと、まず食糧問題があります。表面を削れば削るだけ歩留まりが悪くなります。仮に100gの小麦粉だったら100g摂取した方がいいわけです。ところが、日本人が好きな白い小麦にするにはこの35%くらいを捨てている訳です。いちばん小麦の味のするところを誰が食べているかというと家畜です。そんなもったいないことをしているのは世界広しといえどもいま、日本だけです。これからは日本も全粒粉に目を向けて食べるようにしていかないといけません。だからパン屋さんももっと全粒粉をおいしくお客さまに提供できるように勉強しないといけないと思っています。
浅香さん:
人口増加や異常気象で小麦がとれにくくなって小麦不足になってくるところもあると思いますが、そういうところで全粒にシフトしていくことはあるということですか。
山﨑さん:
あると思います。実際、北海道もいまは温暖化で、いい小麦がこれから10年後に取れるかというとクエスチョンです。でも、沖縄でも小麦を作っています。だから僕たち、パン屋の技術者が小麦の質をどう理解してお客さまがどう考えるかだけです。北の小麦は確かにソフトなパンができます。南の小麦はちょっと泥くさくてふくらみも悪いです。それをおいしくするのが僕たちの仕事で、またそうすることによって食べ比べができます。コシヒカリひとつ取っても、新潟、福岡、大阪と同じコシヒカリでも味は違うと思います。もっとグローバルにやっていけばいい。素材にいかに僕たちが向き合うかだけです。
■日本人は白と繊細さを好み、雑味を嫌う
浅香さん:
どちらかというと日本人の方は白いパンが好きだと思いますが、なぜだと思われますか。日本の食文化と関係があるのですか。
山﨑さん:
日本は白が好きです。ウエディングドレスも白ですし、赤ちゃんに着せるものも白です。
浅香さん:
僕の服も白です。
山﨑さん:
僕は心が汚れているのでジジ色です。日本人は昔から白を神聖なものとして祭りたてていました。日本酒の獺祭(だっさい)は70とか削って本当に中心部を使っていますが、日本人は雑味が嫌いです。繊細な舌を持っていて、白い物はすべて好きだけど黒い物は雑味が多いから嫌いです。だから昔は貧乏人が玄米を食べてお金持ちが白米を食べました。僕は小さいころ貧乏だったので、一升びんにお米を入れて突いていて、それが子どもの仕事でした。本当です。かつお節も全部自分で削っていました。小さくなったらそれが僕のお小遣いで、口の中に入れて3時間くらいするとやわらかくなってかみしめたらおいしいです。いま、それをしたら金持ちです。お金持ちが玄米を食べて、かつお節を一所懸命削っています。
浅香さん:
日本人は独特の食感を好むと聞きました。パンでも噛んだ時にもっちりした食感が好きな方がいらっしゃると思いますが、日本人はもっちりの食感を好むとお聞きしたことがあります。
山﨑さん:
アジアの人はもち文化です。もち文化圏の人はもちもちしたものが好きです。日本で栽培する小麦はほとんどもちもちします。だから、やっぱり日本人は日本の食材というかからだがそういうふうに欲していますから、日本で取れたものを食べるのがいちばん理にかなっていると思います。
浅香さん:
お米のもちもちの食感がパンの好みにつながるのですか。
山﨑さん:
ササニシキがさっぱりしていてコシヒカリがもちもちとよく言われますが、どちらが好きかと言えばほとんどの日本人はササニシキよりコシヒカリです。結局、もちもちです。いまはきらら397ですか、日本でいちばんおいしいとされているお米はもちもち感があると思います。だからパンももっちりしたものを好んでいると思います。そういう意味では国産の小麦でパンを作って、それを日本人が食べるのは理にかなっていると思います。
浅香さん:
フランスのケーキと日本のケーキも違いがあるとお聞きしました。
山﨑さん:
まず感覚が違います。日本人がいう口どけのいいものと、フランス人がいうそれは全然違います。スポンジを例に取りますと、ショートケーキは日本だけのものでフランスにはありませんが、向こうのスポンジは結構バサバサなのでそのまま食べてもおいしくないです。でも、日本のお菓子屋さんのスポンジはしっとりしておいしいです。たぶんそのまま売ったら売れると思います。そのため、向こうのお菓子屋さんはどうしているかというと、シロップをたくさん打ちます。そうするとかたいパンなのでシロップがたくさんしみ込みます。それを口の中に入れると入れた瞬間にふわーっと溶けます。ただ、生地自体はかたくてざらついているので口の中でざらざらします。悪く言えば砂みたいな感じです。日本人はそれを嫌います。日本のスポンジはしっとりしているからフランスのレシピをそのまま使ってシロップをたくさん打つとべちゃべちゃになって形を保てません。そういう違いがあります。
僕と同じ年代の人は「フランスの朝食はカフェオレとクロワッサン」というのをご存じないですか。聞いたことありますよね。だいたい一緒ですか、すみません、20代ですもんね。クロワッサンをカフェオレに浸けてガブっと食べるコーヒー屋さんのCMでした。昔、フランスのクロワッサンは結構かたかったのでコーヒーに浸けないと食べられなかったのです。いまはフランスのクロワッサンも日本と一緒でやわらかいです。浸けたらベチャベチャになって口をグラスにもっていかないと食べられないです。
浅香さん:
なるほど。僕は10代なのでおしゃれと思って食べていましたが、それは大間違いということですね。
山﨑さん:
それはたぶんCMを作る企画会社の日本の方が知らなかったのでしょう。
浅香さん:
僕も知らなかったです。
山﨑さん:
おしゃれではなくてそれは浸けないと食べられなかったのです。
浅香さん:
理由があったということですね。
山﨑さん:
理由があったのです。
■小麦の特徴を知って愛情を注げばおいしいパンができる
浅香さん:
フランスのパンはたんぱくが少ないので日本のパンと違いが出ることはありますか。
山﨑さん:
日本人は繊細さが好きで、日本でパンと言ったらたぶん食パンというイメージがあると思います。たんぱくが高くないとソフトなパンができません。フランスはたんぱくが低くて、だいたい8とか高くても10くらいです。日本の場合、強力粉はだいたい11から下手したら13くらいまであります。8から10と言ったら、日本では薄力粉になります。だからフランスは薄力粉でパンを焼いていると思っていただいたらいいと思いますが、それくらいたんぱくが低いです。だから、教えてくれる人がいないので日本人は知りませんが、薄力粉でもパンはできます。
日本の場合は、製粉会社のカタログを見るとたんぱくの高い順から並んでいます。要するにたんぱくなのですが、世界を見ると小麦粉はたんぱくではなく灰分(かいぶん)、要するに黒い小麦粉か白い小麦粉かで分けます。だからフランスは少し前まではパン用粉、お菓子用粉はありませんでした。灰分が低い、白く製粉した小麦はお菓子用に使います。そして普通に製粉して少し色の濃いものはパン用に使うので同じ小麦です。
日本の場合は世界でいちばんおいしいと言われている小麦をオーストラリアからひいてお菓子を作ります。パン用粉はカナダとか北米から輸入して使っています。フランスはお菓子用もパン用も区別がないです。小麦は小麦です。
浅香さん:
一般の人は「強力粉=パン」で「薄力粉=お菓子づくり」という感じが根づいていますが、そういうわけではないのですね。
山﨑さん:
それは製粉会社の意図的な戦略に惑わされています。
浅香さん:
なるほど、勉強になりました。
山﨑さん:
だから「たんぱくが高い小麦は(値段も)高くていい小麦です」「たんぱくの低い小麦は値段も安くて悪い小麦です」と線引きされているのが日本の現状です。世界はそういうふうにたんぱくで分けることはないです。ただ、いいか悪いかわかりませんが、日本をまねている台湾や中国の人たちはたんぱくです。
浅香さん:
勉強になります。僕は国産小麦を使ったイベントもさせていただいていますが、「なぜ国産の小麦を使わないのか」とフランスのシェフから言われることはありますか。
山﨑さん:
いつも言われます。講習会をしてもらうために呼ぶのですが、フランス人が来ると小麦を見せてたんぱくがいくらで灰分がいくらでと説明しますが、彼らはたんぱくは低いものというのがあって、関係ないので、言われてもわからないのです。フランス人が来たらフランスの小麦を用意するわけですが、見た時に「日本に小麦はないのか」と言うわけです。「日本の小麦はこういう小麦だ」と言うと、さわるだけで「フランスの小麦にそっくりじゃないか」と。それでスペックを聞くと先ほど言ったように向こうのスペックは8から10です。そして日本の国内産の小麦は、ゆめちからは別格ですが、だいたい8から10で同じです。だから彼らは「何で内麦で作らずにわざわざ高い小麦を輸入してパンを作るんだ」と言います。
浅香さん:
聞くところによると国内産の小麦は扱いにくいとかブレがあるということはありますが、そこを補う発酵とかが重要になってくるのですか。
山﨑さん:
「パンづくりは赤ちゃんを育てるのと一緒」といつも言います。赤ちゃんを使ったらちょっと赤ちゃんに悪いですけど、赤ちゃんは言葉をしゃべれなくて泣くことしかできません。でも、顔の表情を毎日見ていたら、いま、何をしてほしいのかがわかってきます。泣き方も熱がある時、おっぱいが欲しい時、遊んでほしい時では微妙に違います。僕も子どもがふたりいますけど、ひとり目の時は全然わからなくておどおどして泣いたら病院に連れて行きましたが、ふたり目の時は「この泣き方だったらほったらかしにしてもまだいいかな」というのがだんだんわかってきます。パンづくりもそうで、生地はしゃべってくれません。でも、ずっと接していると「いまはこうしてほしい」と向こうから言ってくれます。それを僕たちがいかに感覚でわかり、対応してあげるか。対応した時のパンはすごくおいしくなります。愛情を注いだらおいしいパンができます。でも愛情というのは空想のものです。だから若い人たちにどれだけそれを言っても理解してくれないのです。だから「とりあえずわからなくてもいいから生地をさわりなさい。ずっとさわり続けなさい。そうすればいつかわかってきます」と。
浅香さん:
それは生地と会話していくということですか。
山﨑さん:
そうです。状態を確認しながらいつも会話するということです。パンは酵母を使っているので、温度を一定にしてあげると同じようにできます。できないとおかしいです。大手は何千万、何億という機械を使いますから温度が0.1℃単位でぴしっとなりますが、僕たちはそんなに高級ないい機械は使えないので、その時の手の感覚というか、いかに思いやりを持って生地を見ているかによってパンのできが変わってきます。
■オーガニックは人間が生きる上で基本
浅香さん:
欧州のパン事情で小麦アレルギーが社会問題になっていることをお聞きしましたが、そのことについてお話しください。
山﨑さん:
いま、ヨーロッパ、特にフランスは小麦アレルギーの方が多いです。日本も米アレルギーの方がいらっしゃって、米のなかのアレルギー源を取った米を栽培しています。要するにアレルギー源を取ればいいので、フランス人はグルテンフリーを食べればいいわけです。ただ、やっぱりパンを、小麦のものを食べたいのです。それで、まず何が悪いかと彼らが考えた時に「農薬が悪いのではないか。だからオーガニックにしよう」というオーガニック派と、「品種改良が悪いのではないか。だから原種を食べよう」という派に完全に分かれます。いちばんすごい人は原種でオーガニックです。いま、国民が自分たちの切実な問題として政府が動く前に自分たちが動いています。だからフランスに行くと毎年オーガニックのお店がどんどん増えて、日本でいうコンビニくらいあります。歩けばオーガニックです。パン屋さんもオーガニックです。オーガニックを作る時は日本と一緒で許可がいります。許可を取れないところもたくさんあるので、そういうところはオーガニックのパンを仕入れてでも売っています。
そしてなるべく原種に近い品種の小麦を農家さんにお願いして栽培してもらって、値段が高くても質が悪くても買い取るという農家さんとの信頼関係でパン屋さんもやっています。そういう感じで、古代小麦とオーガニックはヨーロッパでいま、急成長しています。
浅香さん:
有機は野菜というイメージがありますが、パンはちょっと遅れている感じですか。
山﨑さん:
日本は特に遅れています。僕はそれで危機感を持って十勝に出向いて、農家さんと話をして少しでもオーガニックに興味を持っていただきたいと思っています。
浅香さん:
十勝に行った時に作ったパンとか食べたパンで何か衝撃を受けたということですか。
山﨑さん:
僕はからだが元々よくなくて喘息もちです。オーガニックの畑に行くとからだが喜ぶのです。別に「ここの畑はオーガニックですよ」と言われなくても、言われたら先入観でそうなりますが、オーガニックの畑に行くと深呼吸をしたくなります。「ここ、絶対オーガニックだな」と思って聞くとオーガニックなのです。そういった意味でオーガニックは人間が生きる上で基本です。決して農薬が悪いとか全否定はしませんが、オーガニックのものをとれるのであればなるべくとってほしいし、これから若い人には食べていただきたいし知ってもらいたいです。
浅香さん:
認知までのハードルは高いですか。
山﨑さん:
日本はまだまだわからないです。東北の大震災が起こった時に、地震も確かにすごかったのですが、復興が遅れているいちばん大きな原因は放射能の問題です。あの時、僕は日本はオーガニックに行くと思いました。でも行きませんでした。オーガニックは日本人にはなかなか認知されないのかなと思います。いま、問題なのが2020年のオリンピックです。選手に食べさせるものはオーガニックでないといけないのです。このままでいくと、たぶん食料は全部輸入品になります。日本では自給できませんし、いまから「オーガニックをやります」と手を挙げても3年間はかかりますのでもう間に合わないのですが、2020年にオーガニックが日本で伸びなければ、僕はもう無理かなと思っています。だからすごく危機感を持っています。
浅香さん:
だいぶ立ち後れているということですね。
山﨑さん:
そうです。
■チャリティは人々に気づかせる力があるから継続が大切
浅香さん:
シェフの活動の中には復興支援もあり、熊本にも行かれていましたが、その時のお話やいまの復興に関する活動の話をしていただけたらと思います。
山﨑さん:
まず東日本のことを話しますと、僕は東日本の震災が起きた時は東京駅にいまして、そこでひと晩を過ごしました。自分ができることが何かないかと思ってずっとチャリティ講習会をしています。この前で17回させていただきましたが、いま、東京のメディアで東北を取り上げることはほとんどありません。僕が東北に行ってびっくりしたのは、すごい防波堤ができていたことでした。イメージとしてこれくらいの高さの壁がここにできますという計画は僕も見たことがあるし想像はしていましたが、現実を見たら涙が出てきます。巨大な壁が何キロも続いていて、こんなところで生活しないといけないのかと、たぶん現地の人も同じ思いだと思います。
一昨日、2年前に起こった熊本地震のチャリティをしに熊本に行きました。震源地とかいろいろ回りましたが、もう忘れ去られているといったら忘れ去られているみたいです。熊本のことなんか東京にいたら情報は一切入ってこないです。熊本に入った時は大雨でした。夜に仕事が終わり、ホテルに戻ってテレビをつけると、大雨で熊本城の櫓がつぶれたと報じられていました。まだ震災は続いています。まだまだ工事をしていますし、神戸もまだ更地が結構残っていると思いますが、熊本も更地ばかりです。神戸の住宅地と違って向こうは住宅地といっても田舎なので密集した住宅がそんなにあるわけではありません。だから、ただ更地で涙が出てくる、それが現状です。でも僕たちは熊本のことは一切知らないし、東北のこともわかりません。大阪も本当に心を痛めますが、地元の新聞はたぶん報じていると思いますが、東京のニュースで流れているのはライフラインとか小学生が塀でお亡くなりになったニュースだけです。「責任は誰なんだ」という追求だけしているニュースが流れ、いまどうなのかという、昨日、僕が神戸に入ってテレビをつけるとモノレールがまだ全線動いていないということでしたが、そういう情報は一切流れてこないのです。熊本もまだ3万世帯くらい仮設住宅に暮らしているのに、全然そういう情報が流れていなくて本当にこれでいいのかと思います。
浅香さん:
熊本の地震があった時に、映画、『世界の中心で、愛をさけぶ』を撮られた行定勲監督の『うつくしいひと』という映画を熊本復興支援のためのチャリティ上映会にしたいということで、堺市の市長に呼びかけました。上映のお金を現地に送り、地元のパン屋さんに玉名市のトマトでラスクを作っていただいて販売しましたが、継続していくことがむずかしくて、それをやり続けるシェフの熱量は素晴らしいと思います。いろいろなシェフの方とつながりながら、今後もぜひ続けていただきたいと思います。それをシェフの方に広めていくようなことはこれからもしていかれるのですか。
山﨑さん:
震災が起こった時にチャリティ講習会は10年続けようと思いました。10年あれば復興すると思いましたが、たぶん10年でも復興しないと思います。ヨーロッパに行っていつも思うのは、いろいろなところで「福島大丈夫? 」「日本大丈夫? 」と、教会に行けば週末、日本の地震のためのチャリティ講演会や音楽会をしてくれているのです。
日本でもチャリティは多々ありますが、なかなか盛り上がりません。日本人はチャリティでお金を渡す文化がないと言えばないのですが、今回も大阪でいままで起こったことのないほど大きな地震があったということで、地球全体どこでも地震や災害は起こりうるものだと思います。僕はシェフだからとか、お金があるとかないとかそういうことではなくて、自分自身ができる範囲でしていただければいいと思います。
批判されたこともあります。講習会をして寄金できるのは30万とか50万です。仮に50万円寄付したことによって何人助けたかといっても実際はひとりに1円もわたっていないわけです。スズメの涙といえばスズメの涙かもしれません。でも継続することが大切で、やることによってメディアにも取り上げてもらえます。そうすると「なんでまだ震災のチャリティをやるの? 」と思い、インターネットで調べてみると「まだ全然福島はなんもなってないじゃん」「いまからあと何年かかるんだろう」と興味を持っていただくことが大切だと思います。だから誰かがやらないといけないと思います。
浅香さん:
風化していきますから。
山﨑さん:
そこがいちばん怖いです。だからぜひみなさんも自分ができる範囲で何でもいいと思います。
浅香さん:
もう18回くらいされているのですか。
山﨑さん:
一昨日で17回して、今年の10月にも東京で18回目をしようと思っています。
浅香さん:
すごいですね。今日は世界の平和につながるところがあって、国内でもここからできることはたくさんあります。フェリシモさんの神戸学校も震災をきっかけにということでされています。国内の活動もどんどん世界に発信していきながら、僕たちもがんばっているし、世界のみんなもというところにつながっていくと思います。身近なところから行動するのがしあわせにつながっていくというところを僕たちはやっていけばいいですか。
山﨑さん:
そうですね。僕も結局パンとお菓子しかできないので、被災地の食材を使うのがいちばん簡単と言ったら言葉は悪いですが、それがいちばんいいと思います。被災地の人にも言われますが、仮に国から何十万とお金だけ渡されても気持ち的には。それより町全体が潤った方がいいので、そういった意味で僕たちができるのは被災地の食材を使うことです。熊本だったら熊本の材料をたくさん使います。東北にはいいものがたくさんあります。あとは観光です。被災地だから「やっぱり行くのは……。」と思うかもしれませんが、行くことで彼らにとっては余裕ができるので気持ち的にもいいと思います。
浅香さん:
勇気づけられ、経済も循環します。
山﨑さん:
何もしなくても別にいいのです。缶ジュース1個、買わなくてもいいと思います。何もしなくてもぐるっと回って見てもらえるだけでも彼らは励みになるし、喜んでくれると思います。
■メディアとはお互いに自然体で接したい
浅香さん:
僕自身、パン屋さんを巡ってシェフとお話しすることもたくさんありますが、実は山﨑シェフとお会いするのは今日が初めてです。興味津々でいろいろなことを聞きたいという話をしていたのですが、個人的にいいですか。僕はパンの情報を発信していて、そういう人はあふれていると思いますが、パン屋さんやシェフの方から見て、僕たちみたいな者に関心というか、「もっとこういうことをやってほしい」ということはありますか。
山﨑さん:
取り上げていただくのは励みになると思います。
浅香さん:
本当ですか。
山﨑さん:
はい。パン屋さんは僕と一緒で寡黙な人が多くて、べらべらしゃべる人はいないです。
浅香さん:
ハハ。
山﨑さん:
だから僕もモゴモゴしていると思います。なかなかわからないですよね。パン屋さんは朝から晩まで働いているから、ほかの人とコミュニケーションを取るのがいちばん下手といえば下手な職業です。だから出て行かないという人もいますが、僕たちが情報発信できない分、発信していただけるのはありがたいしうれしいです。どんどんしてほしいし、まずい時はまずいと言ってもらってかまわないと思います。
浅香さん:
僕なりに一応気遣いしているところがあって、お店に行ってパンが並んでいない時は自分が行ったタイミングが悪いということで写真は撮りません。
山﨑さん:
それは撮っていただいてもいいと思います。
浅香さん:
そうですか。
山﨑さん:
時間だけ書いておけば。「この時間帯に行ったらパンは並びませんよ」と。
浅香さん:
なるほど。「それだけ売れています」ということにもなりますね。
山﨑さん:
結局は僕たちが構えてしまったら意味がないのです。「取材に来るから」とか「テレビ用に」とかそのためにパンを作って、その日だけはすごくきれいにパンが並んでおいしそうだけど、記事を見て興味を持って行った時に「何じゃこれ」というのがいちばん困ります。僕は自然体でおつきあいしていただけるのがいちばんいいです。よくあるのです。メディアの取材で「奇抜なものを使ってください」というのが。
浅香さん:
ありますね。
山﨑さん:
「そうしないと誰も興味を持ちません」と。下手したら、たとえが悪いですけど、めちゃくちゃ辛いものを使ってほしいとか、マグロを使ってパンを作ってくれとか、そんなのどう考えてもおいしくないでしょうというものです。「使ってくれなければ載せません」と言われたら使ってしまう僕たちがいちばん悪いのですが。それよりいつも自然体で接していただければありがたいです。だからおいしくなければおいしくないと言っていただいてもいいし、おいしければおいしい。ただ、おいしい、まずいというのは個人の主観なので。
浅香さん:
いちばんわかりにくいところですね。
山﨑さん:
だから「関西でいいパン屋さんはどこですか」という時に言いましたが、パンがおいしいとかおいしくないではなくて、それは食べないとわからないので、まず見てパンが向こうから「僕を取ってください」というくらいの迫力があるパンです。本当に呼びかけてくれます。ごついパンとかめちゃめちゃきれいなパンではなくて、変なパンでもいいのです。でも、おいしいパンは何かが違います。輝いて見えます。
浅香さん:
何か伝わってくるものがある。
山﨑さん:
伝わってくるものがあります。そうしたら自然とトングで取っています。そういうのは仮に写真でもきれいに撮っていただければ全然伝わります。
浅香さん:
僕はシェフと今日1日ご一緒させていただいていますが、めちゃくちゃ写真を撮られますよね。風景から何からいろいろなものに興味を持たれていて、それに僕は興味を持ちました。
山﨑さん:
もう記憶力がないので。写真で残すといろいろ使えるのです。
浅香さん:
フェイスブックを見せていただいたらパンだけではなく食材もあり、食全般に興味を持たれているのが伝わってくるので見ていて楽しいです。
山﨑さん:
ありがとうございます。
浅香さん:
時間が迫ってきておりまして、みなさまに「これだけはお伝えしたい」ということはありますか。
山﨑さん:
いまですか。
浅香さん:
いまはないですか。最終の方がいいですか。
山﨑さん:
そうですね。最終兵器にとっておかないと次が話せなくなるから。
■同じパンを志す人間はどこかでつながっている
浅香さん:
いま、技術指導をして世界を相手にされています。世界のみなさんに伝えてパンでつながっていくということをされていますが、そこから技術指導だけではなくて世界をつないでいくという意識はありますか。
山﨑さん:
つなげていきたいです。同じパンを志す人間はどこかでつながっています。ただ、人間なのでどこか差別をしている自分もいます。いまの若い人たちはそういう先入観がないと思います。パンづくりを通じれば世界中どこに行っても、言葉がわからなくても厨房に入ればだいたいつながります。だからもっと若い人たちに飛び込んでいただきたいと思います。
浅香さん:
確かに言葉の壁やいろいろなものがあると思います。
山﨑さん:
生活する上では言葉が必要です。ただ、パンを作る時、日本とアジアと欧米のパンは違いますし作り方も全然違いますが、材料は一緒です。そしておいしいものを作りたいという気持ちも一緒です。そこだけは一緒なので、入って飛び込んでいけばいくらでも吸収することができるし、自分たちがお伝えすることもできます。そういう面ではパンはすごくいいと思います。料理は一瞬、一瞬、出していかないといけないので時間に制限がありすぎてちょっときびしいですが、パンの場合はもう少し時間に余裕があります。成形する時は1個、2個ではなく、最低でも10個、20個、下手したら100個、200個、300個と成形しないといけないので、その時にどんどん気持ちが伝わっていきます。
浅香さん:
海外で修業すること自体に壁があって、思い切った気持ちで行かなければいけないというのがありますが。
山﨑さん:
パン屋さんで断られることはないので、行ってよさそうなパン屋さんだなと思ったら「パン」くらいは通じるので「僕もパン、パン、パン。ジャパニーズ、パン」と言って入って行けば、たぶん手招きして呼んでくれます。
浅香さん:
そんなにフレンドリーなのですか。
山﨑さん:
パン屋さんはみんなそうです。お菓子屋さんはちょっと入りにくい。日本人が行ったらレシピとか写真を撮ってどうのこうのというのがあるからいやがられます。でも、パン屋さんは入りやすい。だから僕もひょこっと入って、知った顔して「おおー」という感じで。
浅香さん:
それで入っていけるものなのですか。
山﨑さん:
そうです。あとはコミュニケーションを取れるか取れないかだけです。取れなかったら片隅でモジモジ見ているだけです。
浅香さん:
そこがいちばんむずかしい気がします。
山﨑さん:
でも、モジモジしていたら「さわっていいよ」と。
浅香さん:
生地をですか。
山﨑さん:
向こうの言語でしゃべるので受ける方がわからなければわかりませんけど。でもそういう感じですぐなじみます。それがパンの魔法のひとつです。
浅香さん:
素晴らしいです。もうそのひとことにつきるわけですね。
山﨑さん:
そうです。
浅香さん:
ありがとうございます。そろそろお時間です。
フェリシモ:
山﨑さん、浅香さん、貴重なお話をありがとうございました。それでは第1部終了の時間となりますので、ここでいったん休憩とさせていただきます。対談の中でご紹介がありました思い出のフロイン堂さん、あと、技術指導に行かれた北海道の風土火水さんのパンの試食のコーナーをこちらにご用意しております。山﨑さん、今日の2種類のパンのおすすめのポイントなどありましたらお知らせいただけますでしょうか。
山﨑さん:
2種類ありまして、最初に食べていただきたいのが白いパンです。フロイン堂さんの食パンを食べてみてください。トーストしたらもっと違いがわかるので生の場合はちょっとわかりにくいかもしれませんが、愛情を感じていただけるのではないかと思います。おいしい、まずいというより、食べた時にほっこりします。それが手仕込みの力です。もう80歳を超えるおじいちゃんが何十kgというパンをこねて、昔ながらのレンガ窯で焼いています。火は全部薪ではなくガスになりましたが、同じようにレンガの色で温度をわきまえてパンを入れて焼いています。発酵も地下なのでだいたい一定の温度で発酵させて、原始的な方法で焼いているパン屋さんです。日本でこういうパン屋さんはもうフロイン堂さんしかないので、ぜひしっかりかんで食べてみてください。
それともうひとつ、ちょっと白いカンパーニュは風土火水といいまして、親会社は十勝で製粉会社もしています。今日は全部手仕込みで作っています。自家製の天然酵母で、僕が去年種起こしをした種をそのまま継続して全部常温で保管しています。いま、ほとんどが冷蔵庫に入れますが、ここはずっと常温で保管しています。そして、手仕込みで、薪でフランスの石窯で焼いています。切りたてではないので最初は少しばさついているかもしれませんが、ゆっくり噛んでいけば甘みが出てきて口の中に芳醇な香りが広がります。これが本来の麦の香りで、天然酵母の香りです。酸味は全然強くないです。普通、常温で天然酵母を起こして継続すると酸味が出ますが、ここは出ていません。それが昔ながらの伝統的な製法のよさだと思います。どうぞ味わってみてください。
第2部
質問1
お客さま:
山﨑先生の本で生地をパーシャル室に入れる理由を教えてください。
山﨑さん:
ありがとうございます。家で作る場合、温度がいちばん問題になります。家庭の冷蔵庫は開け閉めが激しいのと、どれだけ詰め込んでいるかで温度が変わりやすいです。なるべく低い方がいいので、もしあればパーシャル室に入れていただきます。あとは、最初に冷凍庫に入れて冷やすだけ冷やしていただいて、凍る前に冷蔵庫に戻してあげると生地が安定すると思います。
質問2
お客さま:
山﨑さんと浅香さんに質問します。人生を変えるパンとの出会いがあれば詳しくお話をお聞かせください。また、よいパンの定義とは何でしょうか。
山﨑さん:
人生を変えるパンですね。僕は九州の田舎から大阪に来た時に、なまえは言えませんが、あるパン屋さんでバゲットを買いました。食べた時に口の中が切れて、こんな古いパンを大阪では売っているのかと思いました。田舎で食べた時は白くてふわふわしていました。いまでいうソフトフランスですか、僕はそれをフランス人が食べているバゲットと思っていましたので、(大阪で)バゲットを食べた時に口が痛くて途中でやめました。それが人生を変えたパンです。それでフランスに行ってそこと同じパンが出てきたので「これが本当のパンだったんだ」と。高校まで食べてきたパンはいったい何だったんだと。それが最初です。人生を変えました。そこで僕はこの道に入りました。
おいしいパンというのはずっと食べ続けられるパンです。この例えを言ったら怒られますが、テレビを見ながら横になっておなかをかきながらずっとスナック菓子を食べている人がいますが、それと同じように食べていたら「あれ、1本なくなった」。仮にあんパンでもいいのです。あんパンを食べていたら1個、2個、3個、4個といつの間にか5、6個食べてしまってあとで後悔するという。だから「パンを食べるぞ」ではなくて、ちょっとそこにあってつまんでいると何時間でも食べていられるパン、それを僕は目指しています。おいしいパンだと思います。
浅香さん:
私の場合は食シーンの印象がありまして、ちょっと暗い話になって申し訳ないですが、幼いころ、僕は保育所に通っていました。母親が迎えに来るまで待っている時、大手メーカーさんのパンになりますが、サンドロールを半分にカットして、待っている子どもたちでテレビを見ながら、たしかオバケのQ太郎だったと思いますが、分けて食べていました。寂しいのですが、パンのことを思い出すとそこを思い出します。あと日曜日の朝になると父親がサンドイッチを作ってくれたことを思い出します。「有名シェフの」と言いたいのですが、僕のパンの思い出の原点はそういうところかなと思います。
おいしいパンですが、僕はその時の気分でおいしく感じるものは変わります。誰と食べるかでも変わります。小さいパンでも家族と分けた時はすごくおいしかったりします。パンを食べて会話があった時にしあわせを感じて「このパンいいよね」と思うことが多々あります。ふだん、パン屋さん巡りをしている時に何をしているかというと、パンを買ってつぶれないように公園で写真を撮って、ひとりでパンを食べてレビューを書いていることがありますが、それはそれでしあわせです。僕はパンを食べている時はいつもしあわせです。ありがとうございます。
質問3
お客さま:
ヨーロッパで日本のパンは売れますか。
山﨑さん:
ヨーロッパ人ももちもちのパンは大好きです。売れると思います。いま、はやりの湯種というパンがあります。この辺だと宝塚のパン屋さんが有名ですが、売れると思います。あんパンも最近、売れています。ただ、昔はあんパンは小豆を使っているので売れませんでした。小豆は豚の餌で、人間は豚の餌を食べたらいけないのです。僕はドイツにいた時、「ミネラルウォーターは飲むな」と言われました。「水はからだを洗うものだから、からだを洗うものは飲んではいけない。ビールを飲みなさい」と。ハハハ。日本のパンは売れると思います。いま、日本のパンはヨーロッパですごくはやっています。
フェリシモ:
ありがとうございます。そのお話の流れでパンが日本に入ってきた経緯といいますか、神戸でもパンの文化が発展しましたが、その発展の歴史や日本でパンが食べられるようになったことについてお聞かせいただけますか。
山﨑さん:
最初は種子島にポルトガルの宣教師が来た時に入りましたが、実際に日本でパンが広まったのは兵隊の固形食です。諸説ありますが、パンは日持ちがするということで、そこから広まったと聞いています。神戸や西日本でパンが有名になったのは、第一次世界大戦の時にドイツ人の捕虜を収容していたところでパンを焼かせていました。有名な人がいて、国からは捕虜にそういうことをさせたらいけないのですがいろいろあったみたいで、ドイツ人捕虜に自国のものを作らせたわけです。そこにはハムとかパンも絶対あるわけで、そういうことで根づきました。僕は日本のパンはフロインドリーブさんがいちばん貢献していると思っています。お菓子もユーハイムさんが有名ですが、ユーハイムさんも捕虜で日本にいて、そういうので広まっていったと思います。
質問4
お客さま:
生き生きしたパン、輝いているパンが好きという言葉がとても素敵だなと思いました。おいしいパン、好きなパンと共通する部分があると思いますが、山﨑さんにとって好きなパンやパン職人とはどういうものでしょうか。
山﨑さん:
むずかしいですね。おいしいパン、好きなパンと言っても、あんパン、調理パン、バゲット、カンパーニュ、パンはすべて好きです。ただ、先ほど言ったように僕がお店に入って、というかお店に入る前にだいたいわかります。ここの人はおいしいパンを作っているのかいないのか、店構えでわかります。デザインはどんなにおしゃれにしていても、窓越しに見えるパンを見て「あ、手抜いてるな」とか。愛情がこもったパン、どれだけ自分が一所懸命作っているかは、長時間発酵させているからとか、長時間労働しているから、僕は朝の3時から夜中まで働いていますというのではないです。やっぱりパンを見て、その中にはクリームパンもメロンパンもありますが、見た時に何かピピっとくるのです。そうすると知らず知らずに手が出て、持って帰って食べたらやっぱりおいしいです。嫁さんに「パン買ってきて」と言われて、何も関係なく買ってきて食べさせたら「これ、おいしくない」と怒られます。だからパン屋さんに入った時にピピっとくるものだけ取ります。100種類あったら100種類ピピっとくるパン屋さんは少ないです。その中で光ったパンもあります。それはどれだけ僕たちが愛情を込めて作っているかということで、それは本当にいい表情をしています。実際にパンを見てもらえばわかりやすくてそういう説明ができればいいのですが、今日はそれができなくてすみません。
質問5
お客さま:
私はパン屋で働いています。いまで2年目です。悩んでいることがあります。分割と成形でどうしても時間がかかってしまいます。もっと感覚をつかむ必要があるのでしょうか。不器用なところはあるのですが。
山﨑さん:
僕も最初からうまかったわけではないです。パン生地と接していると、自ずと手が、からだが動きます。愛情を注いでいるとパン生地に痛い思いをさせたくないから、仮に50gを分割する時に1回で切ってあげたら痛くないですが、それを10gを5回分割して50gにするとパン生地はたぶん5回泣いていると思います。そういうことを思ってやれば、できるようになると思います。
フェリシモ:
がんばってください。
山﨑さん:
愛情です。毎日、何十個も何百個もやっているとうまくなります。ただ、それを仕事に流されてやるのではなくて、「なぜできないんだろう」「次に切る時にはどういうふうにしよう」と考えてやってほしいと思います。パン屋さんはいつも時間に流されてしまうので、時間に流されることなくパン生地の状態を見ながら、会話しながらやってください。焦ったらだめです。パンもちゃんとやさしくすれば待ってくれます。
質問6
お客さま:
大手パン業界でパンの添加物の有害物質が問題となっておりますが、その解決策、お考えをお聞かせください。
山﨑さん:
無添加と書いていても添加物を入れているところもあります。日本の法律で酵素は最終的に残っていなければいいのです。焼いている時に蒸発したり消えてなくなったものに関しては無添加とうたえるわけです。だから無添加と書いていても入っている場合がありますので、どうしてもというのならしっかり調べた方がいいと思います。
添加物を入れるのはなぜかというと、安定して同じ商品を作らないといけないからです。それは国民全員が悪いと思います。野菜でも異物なものは全部規格外になって捨てられています。それを消費者ひとりひとりが認めれば、わけなくても全部買い取っていただければ、そういうことはありません。大手の場合は袋詰めにしないといけません。そうすると袋の規格の中に入らない商品は全部はじかれるわけです。そのことが怖いし、安定してできません。そして日本人は結局、日持ちと言います。パンは生鮮食料品です。熟成させておいしいパンもありますが、今日焼いたパンは今日食べてください。そこを間違わなければいいのですが、やっぱり日持ち。そうなってくると添加物を入れないといけないということになってきます。僕は大手で商品開発もしていました。百何十店舗あるメーカーです。僕の担当するところは無添加でやっていました。だから「無添加でもできるんですよ」と会社に言っていたのですが、なかなか会社は採用できません。なぜかというと入れれば安心だからです。ずっと添加物を入れていると抜くことがなかなかできないのです。そこが問題です。添加物を入れなくてもパンはできます。昔は添加物はありませんでした。そして今日、みなさんが食されたパンは添加物が入っていません。すべて何も入っていません。黒いパンはオーガニックですが、あれくらいのパンはできます。あれくらいと言ったら怒られますができますので、あとは添加物を入れるか入れないかです。ヨーロッパでは添加物を入れないパンは大手でいくらでもあります。ヨーロッパではお菓子も大手でもバターしか使いません。マーガリンが高いのです。バターは温度に敏感なのでヨーロッパの機械は精度が高いです。日本の場合はマーガリンを使うので温度にかなり幅があります。材料面でもコスト面でも大手は限られていますので、そこを僕たちがどうするか。そして消費者がどうこたえるかです。それによって大手も動くと思います。
質問7
お客さま:
私は食べものでからだはできていると思っています。欧米ではオーガニック食材にこだわる人が増えていますが、いまいち日本では関心の高まりを感じられません。今後、日本の食に対する思いはどうなっていくと思われますか。
山﨑さん:
もう日本の食文化はこれからどんどん衰退するのかなと、僕はすごく恐ろしいと思っています。本物の味を知っている人は少なくなってくると思います。しょうゆひとつとっても、昔ながらのしょうゆは腐りません。塩分濃度も高いし、しっかり火入れをしています。保存食は腐りません。ただ、そういった本物の手づくりのしょうゆを若い人たちに使ってもらったら「しょっぱい」とか「味が濃い」となります。みそもそうです。塩分濃度をどんどん落としていくから冷蔵庫に入れないといけません。卵もサルモネラが怖いから冷蔵庫に入れないといけないというふうになっていくので、僕は食育を早く小学生や幼稚園からしてほしいと思います。ヨーロッパでは小さいころから食育をしています。日本はまだまだ遅れています。食べものに関心を持ってもらうためには子どものころからやっていかないといけないし、親も勉強してもらわないといけません。お母さん方がもう自分で作らなくなっていますので、魚は四角いまま泳いでいると勘違いしている子どもも結構いるみたいです。レストランでもだし汁とか全部冷凍で来ます。もう自分で肉をさばく、だしを取るということがないし、パン屋さんも練ればすぐにパンができるとか冷凍の生地を買ってそのまま出すというふうになってきていますので、僕たちがいかに地道に活動していくかということになると思います。僕は食べものは決して餌ではないと思っています。人間が生きるうえで、いろいろな面で食べものというのはしあわせになるもので大切なものだと思っています。そこをこれからひとりひとりが考えていかないと、世界が認めて目標にしている日本の食がどんどん壊れていくのではないかと危惧しています。
浅香さん:
私はグルテンフリーやオーガニック、糖質オフのパンはどうですかとお聞きすることがたくさんあります。ネットを見れば情報はたくさんありますが、それを見極める知識や目がないと情報に左右されていきます。シェフがおっしゃったとおり、子どものころから食育や親も子どもも含めていいものをいいと言える見識と味を覚えていく必要があると思っています。僕は情報発信する方なので、発信の責任も含めながらこれからもいいものをいいという形で、僕も勉強しながらみなさんに伝えていけたらと思っています。
質問8
お客さま:
山﨑先生のお話で若い技術者が育たない旨がありましたが、なぜそのようになってしまったと思われますか。また、米粉を使ったパンは広がると思いますか。
山﨑さん:
若い技術者が育たないというのは、僕たちの教え方も悪いと思います。時代にあった教え方をしないといけないと思いますが、なかなかそれができないという自分のジレンマもあります。そして先ほどの話と重なりますが、いまの人たちは食に関心がありません。だから「ここのお店で働きたい」「ここのパンがおいしいから勉強したい」という人は少ないです。たまたま通りかかって募集していたから入って、たまたまパン屋だったけどこんなにつらいなら違う仕事をしようというふうになっていっているので、業界自体も変わっていかないといけません。いま、働きやすい環境がないのです。僕は6時前に働きたくないです。そしてどんなに遅くても6時から始めたら4時くらいには帰したい、それが人間の生活だと思います。だからパン屋さん自身が変わらないといけません。変わらなければパン業界は淘汰されると思います。
それと米粉について、僕が開発した米粉もあります。誰が言ったかあれですけど、米粉パンというのはありえません。パンはやっぱり小麦粉で作ります。米は穀物ですがパン文化から言えば雑穀です。だから米粉パンというのはありえません。「米粉を使ったパン風のパン」とうたえばいいのですが、米粉パンというとパンを想像してしまいます。いまある米粉パンのほとんどは添加物だらけです。グルテンを添加したものもありますし、乳化剤を添加したものもあります。無添加でもできることはできますが、僕は無理矢理パンにする必要はないと思います。ただ、日本人は米粉が好きです。米粉を何%か添加することによってパンの風味が変わります。そして米の甘みと風味が小麦の風味と相まっておいしく香ばしくなり、もちもちしてトーストするとかりっとします。だから日本人にあったパンは米粉を少し添加することによってできるのではないかと思います。
質問9
お客さま:
パン切り包丁が切れなくなったらどうしますか。
山﨑さん:
むずかしいです。パン切り包丁は波刀なので捨てるしかないです。普通の砥石で研ぐと普通の包丁になってしまいます。ただ、ドイツのゾーリンゲンに昔ながらの包丁屋さんがあります。そこは値段がめちゃめちゃ高くて1本、3~4万しますが、そこは持って行けばただで研いでくれます。それがドイツ人です。ものを大切にする文化です。その代わりごっつい包丁です。だから研いでも全然問題ないですが、いま、売られている包丁は結構ぺらぺらなので切れなくなったらもったいないですけど処分するしかないです。いいものは長持ちします。いいものを使ってください。
質問10
お客さま:
先ほど先生がおっしゃった日本の小麦粉を北海道で広める運動に共感しました。私も同じ考えで、アメリカから除草剤を含んだ種を使った小麦粉を日本が買っていることに危機感を持っています。北海道や熊本など日本でそういう運動を盛んにしていただきたい、そしてメーカーさんや町のおいしいと言われるパン屋さんにも意識改革を促してほしいと強く希望しています。
山﨑さん:
先ほどもお話ししましたが、小麦粉は品種がたくさんあります。ブレンドしたものもありますし、単品種のものもあります。その小麦にあった使い方を僕たちがやるかやらないかによって変わってきます。日本の農業政策は「おいしい小麦」ではなく「作りやすい小麦」で、農家さんの収益が出る小麦を育種の人が開発しているわけです。「これからおいしい小麦を作ってほしい」と政府や育種の方に僕たちも働きかけていますが、そこが日本の問題点です。まず農家さんが生活しないといけないので作りやすいものです。雨に打たれてだめになるから雨に強い小麦。昔の伝統品種はみんな背が高いですが、日本は台風がきますので収穫時期に全部倒れてしまうからなるべく低い小麦。そして収量がたくさんとれる小麦というふうに開発して味は度外視されているので、そこを国も農業政策としてしっかり考えていただきたいというのが僕たちがいま、一所懸命働きかけているところです。もう少し時間がかかります。どんなにおいしい小麦でも収量が悪い小麦は外れます。外れるということは栽培しても国から補助金がおりないので農家さんは赤字で、そういう小麦は作らなくなります。作りたくても作れないのです。そこが今の農業の問題です。
フェリシモ:
ありがとうございました。関連しますが、私も同じように思っておりまして、国産の小麦がもっと日本で使われてパンが食べられたらいいと思うのですが、日本の農業は高齢化が問題になっています。これからどのような取り組みがあれば問題が解決すると思われますか。
山﨑さん:
いま、十勝がいちばんいいと思います。十勝も高齢化で農地を手放すようになっていて、そこを若い人たちが買い取っていま以上に大きな面積で小麦を栽培しようとしています。若い人たちは農業に興味を持って衛星を使ってGPSで機械を動かしたり、最先端の機械やテクノロジーを使っているので、これからは変わっていくと思います。
小麦に関して、大手もいま、使っていますが、大手が使うと僕たちに回ってこないのです。作られている量はしれていまして、パン用に使える小麦は吹けば飛ぶような量しか作られていないのです。だから大手が使えば僕たちは使えません。だから新しく「欲しい」と言っても製粉会社は買えないのが現状です。それも含めて今後、国が農業政策をしっかり考えていただかないとむずかしいと思っています。そしていま、中国やアジアの人が日本の小麦を欲しがっています。彼らはお金を持っていますので高い金額でどんどん日本から輸出しています。そうするとますます日本人が買いたくても買えなくなります。
質問11
お客さま:
全粒粉の話が出ましたが、生活習慣病にそなえて胚芽や全粒粉に注目してよくパンを焼きます。全粒粉の残留農薬が気にかかりますが、どう思われますか。
山﨑さん:
大丈夫だと思います。問題なのはいちばん外のふすまと言われている部分です。お米でいうと籾殻みたいなものです。そこに残留農薬がいちばん多いと言われていますが、全粒粉の場合でもそこは結構取られているのでそんなに気にしなくてもいいと思います。全粒粉を食べてからだが悪くなったということは僕は聞いたことがありません。グルテンが悪いと言われているので、いろいろなパンが出ています。ただ、ヨーロッパ人はもう何百年もパンを食べ続けて、死んでいるかというと死んでいません。たぶん、がん患者は日本人の方が多いと思いますし、たばこやほかの害の方が多いと思いますから、安心して食べてもかまわないと思います。
質問12
お客さま:
ヨーロッパでも全粒粉100%のパンは食べられているのですか。
山﨑さん:
食べています。低糖質の問題で繊維質をたくさん取らないといけないということで、ふすまも結構いま、食べられています。日本でもふすまパンという、結構くさいパンですが、そういったパンも作られていますので、そこは全然問題ないと思います。北海道の小麦も農薬はかかっていますし、国内産が全部無農薬で作っているということはありません。何%か詳しく言えませんが、日本でも農薬はかかっています。いちばん問題なのは船積みする時に虫がわかないようにするためにかけているかいないかですが、全部、粒の状態で運んでいますのでそれは日本では問題ないし、大手の製粉メーカーもそこはしっかりやっていますので問題ないと思います。
質問13
お客さま:
全粒粉や胚芽を入れたパンは売っているものが少ないですが、コスト的なことで作らないのですか。
山﨑さん:
コスト的には安いのですが作っても売れないのです。お客さまが買わないものは作らないというのが前提ですし、あとは作りにくいです。全粒粉にするとパンはふくらみにくく、重たくなるので日本人はなかなか。そして食べ方がわからないのでカンパーニュとか売っていても「どうやって食べたらいいですか? 」と言ったらビーフシチューか赤ワインか訳のわからないチーズのなまえを言われて、「それはどこでそろえるのですか」と言ったら、「伊勢丹に行ってください」「大丸に行ってください」「高島屋に行ってください」と、ここから電車賃を払って行くのですかという話になると思います。食べ方を知らないからいけないのであって、それは僕たちも悪いと思います。クリームチーズがないとだめということではなく、赤だしにつけても、たくあんを添えても、焼きサバを乗せて食べていただいてもおいしいです。ドイツに行くとすべての材料の下にライ麦パンを置いています。なぜかというと、ナイフとフォークで切った時にキュッキュといわないからです。そして、お皿の上で白いソースでレアのステーキを食べると赤い汁が出てきます。黒いパンをひいておくと、それが全部吸ってくれます。白いパンだと赤くなりますが、黒いパンだと色がわかりません。いまはそういうところはないですが、ドイツは昔はそうでした。そのまま食べてもおいしくないので、いろいろな料理に添えて手軽に食べてください。日本の料理には全部あいます。漬け物にもよくあいます。中華もイタリア料理もあいます。
お客さま:
ありがとうございました。先ほどのパンもすごくおいしかったです。
山﨑さん:
ありがとうございます。と言っても僕は作っていないので。本当は僕が作って持ってくればいいのですが作る場所がないのですみません。
質問14
お客さま:
私は初めて行く店で必ずあんパンとクロワッサンとバゲットを買いますが、シェフと浅香さんは初めてのお店で絶対これを買うというパンはありますか。また、お店に入った時の注目ポイントはありますか。
山﨑さん:
必ず買うパンはありません。そのお店に入っていちばん顔のいい、僕を呼んでいるパンを買います。なければ1周回って帰ります。どうしても出づらいお店は食パンを買います。なぜ食パンかというと、僕はあまり食べないのですが家族は食べますので、嫁さんへのおみやげとして食パンを買って帰ります。見るだけ見て帰ったらお店の人に失礼なのでそういうことをします。
浅香さん:
僕もあまり決めていないです。入った瞬間に直感的に感じるものを選びます。あと、自分では意識していなかったのですが、あるシェフに「浅香さんのホームページを見ているとクロワッサンが異常に多い」と言われたので、結構クロワッサンを食べているのかなという感じがします。
フェリシモ:
それではこれにて神戸学校も終了となりますが、最後に山﨑さん、浅香さん、これから一生をかけてやり遂げたい夢についてひとことずつお願いできますでしょうか。
山﨑さん:
私の夢は、講演中に何回もお話ししましたが、小麦を通じて世界の人が笑顔になってくれることです。ひと粒の小麦が世界を平和にできると僕はずっと信じていますし、そういうふうに少しずつですけど活動していきたいと思います。
そして、有機小麦を栽培してくれる農家さんをひとつでも多くして、本物の小麦の味をみなさんに知っていただきたいです。農薬が悪いとは言いませんが、本物を知っていただいたうえで普通のものも食べていただければいいのではないかと思います。ヨーロッパではいま、家庭菜園や公園に散布する農薬は禁止される方向です。日本は全然そういうことはありません。世界の流れからすれば強い農薬やからだに害があると言われている農薬はどんどん規制がかかっているのに、日本では野放しになっている現状には疑問があります。実際、農薬がないものだけを食べて生きていけるかというとそれは無理なので農薬がだめだとは言いませんが、できる限り本物を、昔ながらのものをまず知ってもらいたいです。そういう活動を続けながらひと粒の麦で世界中の人が平和になって、笑顔で国づくりができていけばうれしいと思いますし、パンを通じて世界中のベーカリーの人が手を取り合っていけばいいと思っています。いま、十勝でずっとその運動をしています。十勝は日本の小麦の大産地です。十勝で世界の小麦サミットができれば、世界中の農家さんや小麦学者さんに十勝を見ていただいて日本のパンを知っていただき、日本のパンを世界に発信していければと思っています。
浅香さん:
シェフの後に話しにくいくらい壮大なお話でしたが、僕のパンヲカタルという活動はもともとパン屋さんの思い、パンへの思い、人への思いをパンを通して伝えていきたいということで始めました。当初はまだSNSも浸透していない時代で、自分でブログを書いて、それを毎週同じパン屋さんに届けるところからこの活動が始まりました。僕の原点はそこにあります。パンを通じて人をつなげていけば笑顔になる活動があります。パンヲカタルのミッションは「パンでつながり、笑顔になる」ということです。まずこれを自分の周りから広げて、今日ご参加いただいているみなさんとせっかくつながりましたので、ここから神戸、日本中に、そしていずれ僕も世界に行きたいので、ぜひとも世界の平和までパンで笑顔をつないでいけたらと思っています。以上です。