#019 [2024/07.03]

わたしたちの、このごろ

イラストやデザインの力で自分の好きなものを応援したり、より多くの人に届ける手助けができるようになりたいです

笠置七都望さんNatsumi Kasagi

こう語るのは、現在大阪のデザイン会社で、グラフィックデザイナー兼イラストレーターとして働く笠置七都望(かさぎ・なつみ)さん、24歳だ。

案内してくれた彼女の部屋には、自ら描いたイラストや、センスのいいポスターが所狭しと飾られていて、心の底からイラストやデザインが好きなんだということが伝わってきた。

物心ついたころには絵を描くことが好きだった

島根県の隠岐の島で生まれ育った笠置さん。物心ついたころから、すでに絵を描くことが大好きだったという。

笠置さん:壁や机の裏など、家中に絵を描いていました(笑)。そんな私の姿を見て、好きなだけ絵を描いていいように母が押入れのふすまに壁紙を貼ってくれたこともあります。

小学生、中学生と年を重ねても絵に対する情熱は冷めることがなく、学校でも教科書に落書きを始めてしまったり、漫画一冊分をノートに模写するような生活を送っていたそう。

昔から漫画を読むことが好き。本棚にはお気に入りの漫画がずらり

笠置さん:当時から、将来は美大に進んでイラストの仕事ができたらいいなと思っていましたし、両親もそう信じて疑わなかったほど、本当に絵が中心の生活を送っていました。

突然訪れた諦めモード。
狭い世界の中で選択肢を
見つけることができなかった

そんな生活に変化が訪れたのは突然のことだった。

笠置さん:中学3年生のある日、東村アキコさんが描いた『かくかくしかじか』という漫画を読んだんです。著者が美大に入るまでのストーリーを描いた漫画だったのですが、そこに描かれていた内容から「私の住む環境ではこういう仕事にはつけない」と思ってしまいました。

美大に入るためには絵やデッサンを学ぶ学校や予備校に通うことが一般的だと書かれていたことに翻弄されてしまった笠置さん。当時隠岐の島にはそれらを学ぶ学校がなく、「自分には無理だ」と諦めてしまったという。

笠置さん:今となっては、いろんな方法があったと思うのですが、当時は狭い世界の中で生きていたので、諦める以外の選択肢を見つけることができず、両親にも相談しないまま、イラストの道を考えることを辞めてしまいました。

笠置さんの中で、イラストが将来の選択肢から消えたとき、次の選択肢として浮かび上がってきたのは、スポーツ選手を食で支える栄養士の道だったという。

笠置さん:実は中学時代はバレー部に所属していました。そのときに、顧問の先生が食からスポーツ学を学ぶような本をくれたことがきっかけで、興味を持ち始めました。もともと料理をすることが好きだったこともあって、絵がダメならそっちかなと、自然と考え始めた気がします。

絵を描くことを隠していた高校時代
受験シーズンギリギリで沸々と蘇ってきた
イラストに対する想い

高校に入学してからは、大好きだった絵を描くことには蓋をして、野球部のマネージャーをしながら栄養士になるための進路を考えていた。

笠置さん:日常的には絵を描いていましたが、あえて学校で好きだということは言わなくなっていましたね。もしかしたら没頭しないように自分からセーブしていたのかもしれません。

しかし、どこかで煮え切らない思いを抱えていた笠置さん。その想いが溢れ出したのは、美大に通う従姉妹のSNSを見たときだった。

笠置さん:すごく楽しそうで、うらやましかったんです。直接話を聞いたり、ダメもとでパンフレットを取り寄せたりするうちに、自分の本当にやりたいことはやっぱり美大にあると思いました。

写真も趣味。フィルムカメラで撮影することが多いそう。猫のイラストは自作

一度溢れ出した想いは止められない。笠置さんは高校3年生の夏に、これまで考えていた栄養士の進路を急転換し、美大を受験することを決めた。

笠置さん:先生にはすごく怒られましたけど(笑)。両親は「そうだろうと思ったよ」とすんなり受け入れてくれました。私が目指した美大には、AO入試の制度があって、デッサンや立体物を作る美大特有の試験がなかったこともあり、デザインやイラストの勉強ができないからといって諦める必要はないんだと、そのときにようやく気がつきました。

お客さまの大切にしていることを
正しく汲み取りデザインに落とし込みたい

受験ギリギリでの進路変更だったものの、熱い思いが伝わったのか見事合格し、晴れて美大生となった笠置さん。

大学では、グラフィックデザインやソーシャルデザインを専門に学び、社会や地域の問題をデザインの力でどう解決できるのかを、さまざまな角度から考えていたという。
そのなかでのある経験が、笠置さんがいま仕事をする上で大切にしている価値観と大きくつながっているそう。

笠置さん:「食とデザイン」という課題に取り組んでいたとき、海の未来や水産資源について考えていて、淡路島の水産加工会社で2週間住み込みでアルバイトをさせてもらったことがありました。本当によくしてもらって、アルバイトの最後に社長さんから「名刺をつくってくれ」という課題をいただいたのですが、2週間でその人の人柄や仕事に取り組む姿勢をじっくり見れていたので、デザインに落とし込みやすかったんです。その経験から、直接お客さんと取引のできるデザイン会社に就職したいと思いはじめました。

大学時代、課題で使用した絵の一部

デザイン会社でも、広告代理店があいだに入ってしまうと、お客さまの声を直接聞くことはむずかしいため、代理店を通さないデザイン会社に絞って就職活動をする過程で、現在の会社と出会った。

笠置さん:CXデザインといって、お客さまの大切にしていることをきちんと汲み取ってベストなアイデアを出すことが会社の理念として置かれています。ヒアリングの時間も多く取りながら、お互いの理解が深まった時点でデザインに落とし込むので、とてもやりがいがありますね。

働き始めて2年。まだまだ会社で経験を積みながらも、徐々に個人の仕事も増やしていきたいと考えている笠置さん。

笠置さん:会社ではBtoBの仕事をしているので、個人ではBtoCの仕事をもっとやっていきたいです。お笑いや音楽など趣味がたくさんあるので、自分の好きなものをイラストやデザインの力で応援したり、より多くの人に伝えるための手助けをしたりできるようになっていきたいです。

編集部のまとめ

一度は諦めたイラストの仕事。しかし、周りがどう言おうが自分の気持ちに正直になって、幼いころからの夢を掴み取った彼女は、今、本当に輝いている。

私たちはふだん「一般的」や「普通」という言葉にいったいどれほど惑わされて生きているのだろうか。
たとえ一般的でなくても、普通ではなくても、本当に自分の心が求めていることならば、彼女のようにほかのルートを探せばいいだけだ。

私も無いものを嘆く前に、自分が今手にしているものや環境で、なにが生み出せるのかを常に考えられる人でいたいと強く思った。

STAFF
photo / text : Nana Nose