#01 [2023/11.08]

せんぱいたちの、このごろ

その街に住む理由をみんなが考えながら暮らす、そんなまちづくりをしたいと思っています。

稲葉滉星さんKousei Inaba

こう語るのは、神戸市でプレイスメイキングとして、場の企画や運営を行う会社「有限会社リバーワークス」に勤務する稲葉滉星さん、29歳だ。

実は私、これまでを振り返ってみても、
人生の選択にあまり悩んだ経験がなくて。

稲葉さん:新社会人のみなさんのためになるようなことを話せるか、少し不安です(苦笑)

悩みや葛藤をどのように克服してきたのか、そんな質問ばかりを用意していた私は、少し困ってしまった。しかし、彼のこれまで歩んできた人生の話を聞けば聞くほど、「悩まない」というのは、言い換えれば「自分の得たいことや進みたい道が明確に見えていた」ということだと分かってきた。

大学時代に参加した
東日本大震災の復興ボランティアで
建築の無力さを実感

稲葉さん:ランドスケープやまちづくりの道に進みたいと思ったのは、大学一回生の夏に東日本大震災で大きな被害を受けた東北のエリアにボランティアに行ったことがきっかけです。

神戸大学の建築学部に所属していた稲葉さんは、当初、建築面で役に立てることを探したいという想いでボランティアに参加を決めた。しかし、実際に現地へ行ったとき、災害時における建築の無力さを実感したという。

稲葉さん:まず建物が全然ないんですよ。そこにマンションのような復興住宅が沢山建てられていく。今まで鍵も閉めないような家で暮らしていた人たちが、箱詰めにされて重い扉の向こうに閉じ込められてしまうようなイメージです。そうするとだんだん引きこもりになったり、鬱になってしまう人が増えるんですね。

なんとかその現状を打破できないかと数ヶ月に一度被災地に通い、できることを探していたとき、仮設住宅でひきこもりがちだった年配の女性との出会いが、彼の考え方を一変させる。

稲葉さん:ある日いい散歩道を見つけたらしく、そのルートをよく歩くようになったんですって。するとだんだん道中で会う人と話す機会が増え、最終的には地域の集まりに顔を出せるまでになったという話を聞いて、なるほど、外が大事なんだ!と。

「外に楽しい場所があれば人は孤独にならない」と気づいてからは、ランドスケープを核としたまちづくりの勉強をはじめ、その延長線上で現在務める会社と出会ったという。

稲葉さん:当時、東遊園地という神戸都心の公園で『URBAN PICNIC』と名付けた『市民が育てる公園』の社会実験を行っていたんです。私も大学3回生から院を卒業するまでにさまざまな企画や運営に携わらせてもらいました。何もないところに芝生をひいてコンテナを置き、期間限定でカフェを開く。公園の在り方ひとつで街はもっと輝くし、そこで人と人との交流が生まれ、住む人が街に愛着をもつきっかけにつながる。

「URBAN PICNIC」での経験により、やりたいことがさらに明確になった稲葉さん。大学院卒業後、そのまま今の会社に就職することも考えたが、この事業をよりよくしていくために、学びたいことがあったそう。

「いつか戻ってくる」と決めて
学びたいことのために
就職、そして転職

稲葉さん:最終的には戻ってこようと決めていましたが、その前に事業スキームについての知識を得たかったんです。自分たちのお金だけではなく、私たちのやることに共感し、応援してくれる人たちの協賛を得ることで、もっともっと事業が広がっていく、その仕組みを学ぼうと、ファーストキャリアは東京に拠点を置く不動産のベンチャー企業を選びました。

しかし、建築学部卒業の稲葉さんには建築に携わってほしいという会社側の想いがあったのか、なかなか彼の学びたいことが学べる部署にはいけなかったという。

稲葉さん:2年半働き、もちろん得られたこともたくさんあったのですが、人手不足という現状もあって、短期スパンで異動を繰り返しながら『私はいつどこでどうなれるんだろう?』という疑問が芽生え、事業スキームをもっとストレートに学べる場所に行こうと転職を決めました。

その後半年間は、不動産の証券化を事業とする大手不動産会社に勤務し、事業を継続させていくためのお金の動かし方を学んだ。

稲葉さん:実はもう少し長くいるつもりだったのですが、大手ということもあり、安定的な運用を目指している分、暇に感じてしまって。働いている意味が自分とは違うと感じ、その時点で神戸の古巣へ戻ることを考えはじめました。

学んだ知識を携えて
古巣へ戻ってきたことで

2022年2月、事業スキームの知識を少しだけ携えて、いよいよ神戸へ帰還。資金面では自信を持って議論ができるようになったそう。実際、数年前は社会実験でやっていたことがみるみる大きくなり、彼らの仕掛けによって、神戸の学校跡地や公園などのパブリックスペースは市民の憩いの場へと変化を遂げている。

稲葉さん:メンタル的にはほぼ自分が経営者です(笑)まだまだ改善点は山ほどありますが、ただの箱としての街ではなく、みんなが住みたいから住む、そう思えるようなまちづくりをしていきたいです。

いつも立ち止まって悩む前に、自分に必要なものを得られる場所に貪欲に向かっていく稲葉さん。
欲しい服があれば、お金を貯めてその服が売っているお店へ買いに行くように、自分のやりたいことのために必要なものを揃えていくという心持ちでいれば、「悩み」もエネルギーへと変えていけるのかもしれない。

稲葉さん:私も含めてですが、今の若者ってどこか使命感にかられているというか、『正しいこと』を押し付けられている気がします。SDGsとかもそう。自分で正しさを見つけるというより、物ごとの良し悪しが既に決められていて、それに沿ってなにかを選択しなければいけないような……。でも世の中で言われていることが本当に正しいのか?そういうことをもう一度考えるきっかけになる本だと思います。ラベルだけみて本を買ってみるとか、よく分からない映画を見てみるとか、そんなこともよさそうですね。なんでも「あなたにこれがあってますよ」とリコメンドされる世の中、きっとそうじゃないところに今の時代を楽しむヒントがあると思っています。偶然性を大事にできたら世の中もっと面白いですよ!

STAFF
photo/text: Nana Nose