#14 [2025/01.22]
せんぱいたちの、このごろ
まずは自分の気持ちに素直になることを優先する。その延長線上で仕事をしたいと思っています
土井仁吾さんJingo Doi
こう語るのは、現在株式会社omochiの代表を務め、食と学びの分野で活動をしている土井仁吾(どい・じんご)さん、27歳だ。
小さな子ども食堂から始まったomochiの活動は、今、全国各地に広がり、現在は「学ぶ」と「出会う」をテーマに子どもたちとともに食の豊かさを再発見する場を作っている。
私が土井さんと初めて出会ったのは、数年前に神戸で開催されたスローフードのイベントだった。「食」を通して社会をよりよくしたいという彼のまっすぐな姿勢、そしてその背後にある穏やかで温かい人柄に強く魅了されたのを覚えている。
そんな土井さんの生き方や考え方は、どのようにしてかたちづくられたのだろうか。幼少期から現在までの道のりを聞いた。
幼少期に芽生えた創造性と「食」への興味
北海道札幌市で生まれた土井さん。幼いころは、ありとあらゆるものに興味を持ち、そのどれもに熱中して探求することが好きだったそう。
土井さん:今でもそうですが、ハマったらとことん突き詰める性格だったんです。ティッシュを丸めて怪獣を作ったり、難易度の高い折り紙に挑戦したり、駒回しの難しい技を習得したり……ただ遊ぶだけではなくて、自分なりに工夫しておもしろさを見出すことが好きでした。
転勤の多かった父の仕事の都合で、3歳の時に北海道から大阪へ。小学4年生の時には千葉へ、そして高校2年生の時には宮城への引越しを経験した土井さん。常に環境が変化していく生活のなかで、知らず知らずのうちに友人と深く関わるというより、ひとりでも楽しめることに没頭していたのかもしれないと振り返る。
また、「食」へ関心を持ったきっかけは、家庭環境の影響も大きかったそう。
土井さん:父がすごくグルメな人だったんですよ。全国からおいしい食材を取り寄せたり、出張帰りに珍しい食べ物を買ってきてくれたりして。そういった原体験も、少なからず現在の活動に影響していると思います。
母のお弁当で「食」の力を感じた浪人生活
高校時代、土井さんは勉学にも没頭し、成績上位を維持。部活や趣味にも全力で取り組む充実した日々を過ごしていたという。しかし、その絶好調さが油断を生んだのかもしれないと苦笑いする土井さん。
土井さん:自分の力を過信してしまって、高校3年生の時、授業に出る代わりに図書館に行って独学に励んでいたんです(笑)その方が効率がいいと思っていて。
ところがその結果、第一志望の大学に不合格という人生初の挫折を経験。
土井さん:ショックでしたね。合格した大学もあったのですが、納得できず、両親に頼み込んで浪人することを決意しました。
毎日朝から晩まで予備校で勉強漬けの日々。そんな中で彼を支えたのは、母が毎日作ってくれたお弁当だったという。
土井さん:朝、塾に向かう時からお弁当のことを考えているほど、唯一の楽しみでした。それまでも食の大切さは感じていましたが、「食べることで心や生活が豊かになる」ということを、あの時期に身をもって実感しました。
母のお弁当の応援のおかげもあり、土井さんは浪人生活を経て第一志望の神戸大学へ合格した。
「食」を通じて社会を変える、
そんな会社をつくってみたい
土井さんの「食」に対する想いが形になり始めたのは、大学一年生の夏、語学習得のために短期留学で訪れたマレーシアでの経験だった。
土井さん:多民族国家であるマレーシアの市場に足を踏み入れると、中華料理やインド料理、マレーシア料理など、さまざまな屋台がごちゃごちゃに並んでいたんです。一見カオスなんだけど、全てが一緒に存在している。その景色が本当におもしろかった。「こんなふうにいろんな文化が共存できるんだ」って純粋に驚きました。
異なる文化の食がひとつの空間で交わり、共存する光景を目の当たりにし、食を通じて文化や価値観がつながる可能性を強く感じたという。
食の探求をしたいという想いを胸に日本に帰国した土井さん。大学二年生の時、友人の誘いでフードロスをテーマにビジネスコンテストに参加。このテーマを選んだのは、飲食店でのアルバイト経験がきっかけだった。
土井さん:ロスが発生することは仕方のないことだけれど、食べ物が捨てられていくのを見て、強い違和感と課題感を覚えました。食を探求するならここから始めてみたい、と。
ビジネスコンテストでは、フードロスを減らすためのアイデアを提案したものの、結果は敗北。しかし、この経験は彼にとって大きな転機となった。
土井さん:世の中にまだないものを考えて提案するのが楽しくて仕方ありませんでした。ゼロからものを生み出すおもしろさに気づいて、「自分で会社をやってみたい」と思うようになりました。
子どもたちと食について学びたい
そんな中、友人からの依頼で訪れた子ども食堂でのイベントが、彼の活動の方向性を決定づける出来事となる。
土井さん:子どもたちが初めて何かを知ったり体験したりしたときの反応って、本当にいいんです。目がキラキラしていて、「こんなにおもしろいんだ!」って全力で表現してくれる。その姿を見て、食育を軸にした活動をしたいと、方向性がはっきりと決まりました。
しかし、事業をするには、継続させるためのお金の生み出し方を学ぶことも欠かせない。思い立ったらすぐに探求する土井さんは、社会起業家支援プログラムに参加し、事業を運営するために必要なお金の生み出し方や、持続可能な活動の仕組みを学び、さらに挑戦を加速させた。
土井さん:就職活動もして内定をいただいていた会社もあったのですが、支援プログラムを経て、自分の活動に全力で取り組む決意が固まったので、内定辞退をしてフードロス解決を掲げる八百屋でインターンをしながら、子ども食堂で個人事業としての食育イベントをスタートさせました。
その後、努力の甲斐あって大規模なプロジェクトを企画するまでになり、2022年に念願の会社を設立。たくさんの支持と支援を受けながら、活動の幅がぐんと広がり、ここまで必死に突っ走ってきたという土井さん。そんな多忙な日々の中で、ある気づきを得たと話す。
自分の気持ちに素直になることが何よりも大切
土井さん:自分の立ち上げた事業がどんどん大きくなっていくことはとてもうれしかったのですが、必死になりすぎて、いつの間にか「楽しさ」を忘れていたように思います。
「おいしい」や「食べることの楽しさ」を広めたいという想い以上に、事業を加速させることを優先してしまった結果、少し心しんどくなってしまったそう。
土井さん:初心に返って、まずは自分が心から楽しめることを優先しようと思いました。仕事はその延長線でしていこうと。
幼いころから何かを探求することが好きな土井さんは、2024年から仕事を減らし、再び大学に通い始め、食べ物を食べたときに感じる「おいしい」という感性が、消費行動や社会全体にどのような変化をもたらすのかを研究しているという。
土井さん:すごく心が穏やかになって、大学での学びが仕事にもたくさん生かされています。利益や稼ぎも大切だけれど、まずは自分の心の健康を優先すること。結果的に、それがいい仕事にもつながってくると今は思っています。
仕事に没頭すると、目先の利益にとらわれ、自分の心をすり減らしていることに気づけなくなることがある。その中で立ち止まり、軌道修正する勇気を持った土井さんの姿勢が心に深く響いた。自分の心が豊かであってこそ、人に喜びを届けられる。少しでもしんどさを感じたら、「今、自分は楽しめているか」と問いかけてみる。その一歩が、自分だけの人生を取り戻す鍵になるのかもしれない。
そんな土井さんから、おすすめの一冊
ほぼ日の就職論『はたらきたい。』
発行:株式会社ほぼ日/1,430円(税込み)
STAFF
photo / text : Nana Nose