-部員のつぶやき-
うらやましい

「それでいーやって、きたんだから、羨ましがるのって、筋違いなんだよな」
私の出会った言葉は、雪乃紗衣先生の『彩雲国物語』の中で、榛蘇芳(しん すおう)というキャラクターのセリフだ。
※彩雲国物語(雪乃紗衣):角川文庫
物語の舞台、彩雲国で初の女官吏となった主人公、紅秀麗。
縁あって、榛蘇芳は彼女とよく行動を共にするようになっていた。
ふたりともわけあって冗官──地位だけで、仕事のない官職──に落とされていたが、突然冗官の解雇宣告を受けてしまう。
彼女は他の冗官と共に、解雇の危機を脱するため奮闘していく。
この言葉と出会ったのはそんな話のなかだった。
私が彩雲国物語を知ったのは、およそ10年前。
初めて読んだ中学生のときには、この言葉はあまり印象に残っていなかったと思う。印象強く焼きついたのは、たぶん高校を卒業してからだ。
普通の高校生活が送れず、アルバイトもうまくいかないまま、ただ毎日スマートフォンばかりいじっていた。
華とも言われる高校生活のほとんどを家の中で過ごして、後から思えば、もっと、外に出ればよかった。
せっかく安いんだから、映画でも見に行けばよかったのに。
取った資格も、人に話せる経験も、身につけたスキルも無い。キラキラ輝く年下たちを見ていると、自分のからっぽさに愕然とする。
好きなもの、ことを発信することもせず。起業するほど真剣に何かに向き合えてもいない。一生懸命何かにうちこむ姿は、目をそらしたくなるほど眩しくてあこがれる。
羨ましくてたまらなくて、ふと現れる後悔のうずしおにあっという間に流されそうになる。
そんなとき、この言葉が私の腕を引くのだ。
「確かに正直羨ましいと思うけど、あんたらに比べて、俺はホントなんにもしてないから、当然だよな。でも多分、それでいいんだ。そーゆー自分、選んできたのって、俺だし」
「それでいーやって、きたんだから、羨ましがるのって、筋違いなんだよな」
ふたつのセリフは、国試──官吏になるための試験──に及第したが未だ冗官だった男に対して、蘇芳が話していた言葉だ。
冗官の彼が主人公や優秀な官吏を見て「羨ましい」とこぼしたのに対し、蘇芳からすれば国試に及第しただけでもすごいと返す。
(彼は金で官位を買ってもらったので、国試を受けていない)
蘇芳は、目標に向かってまっすぐ進む主人公とは少し違う。
もちろん彼にも秀でた部分があって、本人が気づいていなかっただけで才のある人だ。「私と同じ」なんて、おこがましくてとても言えない。
しかし、やる気をなくして家でゴロゴロしていたり、諦めが肝心という言葉をかなり好きだと言うところ。
長いものに巻かれるし、主人公らを見て、あんな人のようにはなれないと思っているところ。
目の前のことに精一杯で、迷ってばかりだと自分を評価しているところ。
その感覚ひとつひとつに親近感を覚える。
だからこそ、この言葉が刺さる。
『羨ましい』と思うことを認められる。
何もしない選択をしてきたのは自分だと、言い訳せず受け入れることが、私にできているだろうか。
私も、たくさんの「それでいーや」をしてきた。
彼のゆるい口調は、「自分で選んだことだし、羨んでもしょうがない」とモヤモヤを手放す手助けをしてくれる。
自分に対する怒りがすべて消えるわけじゃないけど、後悔のうずしおを穏やかにしてくれる。
後から自分の選択を後悔して、くよくよと過去の自分にとらわれて立ち止まっていてはいけない。
言い訳をしたり、羨ましがるのではなく、適当に前を見て歩んでいきたい。
この言葉が心に残るのは、そう思わせてくれる彼の考え方や在り方への尊敬もあるのかもしれない。
この解釈は間違っているかもしれないが、私の気持ちを平らにしてくれるこの言葉が、私は好きだ。
text:こやなぎ
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