本物の一枚になる服作り / いとしい手づくり

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大切な人が遺した香りをまとう

私がアパレルの仕事に携わるようになって15年。メーカーに勤務していたころ、数万枚単位の衣料品生産に関わっていたのですが、そんな私にとってあこがれのご夫婦が近所にいらっしゃいました。

筆本 松夫さん匡子(まさこ)さん夫婦が二人三脚で行うのは、たったひとりのためのオーダーメイドのお洋服作り。それはデザインの提案、生地選び、採寸、型紙の製図、別生地での仮縫い、試着後に本縫いという長い長い工程を経て生まれます。「生地に合わせてボタンを染めるのよ」「1m数万から数十万円の高価な生地は、とても貴重で二度と手に入らないものもあるから、失敗が許されない。だから裁断する時は命を削る思いだったよ」仕事に対して誠実に取り組み、高い誇りを持つおふたりのお話は、同じ業界で働く私にとって目からウロコ。戦争を経験され、ものがない苦労を知ったというおふたりでしたが、身に着けるものには「本物を知るために」と上質な物を選び、長く大切にするお姿も私にはまぶしくって。

そんなおふたりのお話を聞くのが大好きだったのですが、9年前、松夫さんが病に倒れます。匡子さんが右腕をもぎ取られたかと思うほど辛い日々を過ごされていた時、ふと、松夫さんが遺したテーラードコートが目に留まります。匡子さんはそれをほどいて、寂しさを紛らわせるかのように無我夢中でご自身のコートに仕立てたというのです。このコートを見た時、私がこれからの人生を捧げたい仕事の指標が見つかりました。効率、コストを優先した大量生産大量廃棄の負のサイクルから離れて、素材選びや縫製に妥協せず、その人にとって大切な本物の一枚になる服作りに関わろうと。

85歳になられた今も、かくしゃくとされてかっこいい匡子さん。いつまでもお元気で。
 

松夫さんのテーラードコートをほどいて作った匡子さんのコート。

大城 麻耶

エシカルファッションプランナー。アパレルメーカーで企画に携わった後、フリーランスへ転向。着る人がハッピー、作る人も地球もハッピーな長く愛せるファッションの企画提案、製作、リメイク、アップサイクル、ワークショップなどをしています。
Instagram @chavati97
https://ethical-fashion-lab-oshiro-maya.jimdosite.com/

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