偶然の美をいとおしむ縦横無尽なミシンワーク / オガワトモコさん

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大胆な曲線を描きながら、自由に布の上を駆け抜ける唯一無二のミシンワーク。オガワ トモコさんの手から生まれる一点ものの刺しゅう作品は、枠にとらわれない美しさや表現することの喜びに満ちています。日々の創作について、刺しゅうへの思いについて。明るい秋の光にあふれた新潟のアトリエにて、ゆっくりとお話をうかがいました。 

自分らしさを100%表現する勇気。

相棒は、頑丈で壊れにくい工業用ミシン。思うがまま、布に針を走らせていきます。

四季の彩りに恵まれた新潟の地で育ったオガワさん。小さなころから手芸や料理など、手を動かすことが好きだったそう。

「学生時代は体育祭の衣装を作ったり、フリルのついたスカートを作ったり。上手ではなかったけど、ミシンは楽しかったです。おしゃれも大好きだったのですが、新潟では『オリーブ』に載っているような服は簡単には手に入らなくて、家のお風呂場で、漂白剤を使って普通のデニムをケミカルウォッシュに加工したりもしました。今思えば、自分なりにあれこれ工夫する癖は若いころから変わっていませんね(笑)」

余り布を重ね、レイのように糸を通して飾れるオブジェに。役目を終えたものの使い道を探るのも好きな時間。

再び手づくりに没頭したのは、出産を経て、少しずつ自分の時間がもてるようになったころ。刺しゅう作品や布小物などを作っては、イベントなどで販売を始めます。
「当初は、自分好みに作ったものは人気がないんだなと感じていました。当時はシンプルでナチュラルな雰囲気が流行していたこともあり、自分らしさというよりは、人に伝わりやすい表現を意識して作っていました」

風向きが変わり始めたきっかけは、インスタグラム。自由に表現した刺しゅう作品をアップしてみたところ、全国からたくさんの賞賛とコメントが寄せられたのです。
「自分の作ったものを好きだと言ってくれる方がこんなにいるんだ! と驚かされましたし、自分らしさをもっと出した作品を作ってもいいんだという自信につながりました。そのうちギャラリーからお声がけをいただき、単独での販売イベントも行えるように。自分の作品に興味を持ってくださる多くの方々と出会うことができました」

左:作家としての転機となった20年ほど前のキルト作品。「表現したい思いに当時の技術が追いつかず、泣きながら縫いました」/ 右:頭の中のイメージを具現化できない時に描くアイデアスケッチ。「たぶん私にしか理解できないと思います(笑)」

今では全国のファンに新作を待ち望まれ、個展の期間中に作品が完売してしまうほどの人気作家に。オガワさんにしか表現できない世界観が、多くの人の心を深くとらえ続けています。自由で伸びやかで、強烈な個性があるのに、心地よく日常になじむ懐の深さ。鑑賞用ではなく、洋服やバッグなどの日用品を作り続けることに何かこだわりはあるのでしょうか?
「特に理由はないのですが、身近なものに刺しゅうを加えるというのが今の自分にはしっくりくるんです。お客さまが作品を着てくださっている姿を拝見すると、ご本人の個性がパッと前に出るような感覚があってとてもうれしくなります。でも、私自身は自分の服はほとんど着ないんです(笑)。作品を手もとに残しておきたいとも思わないので、大切にしてくださる方にお届けできる今の状態がとてもありがたいです」

完成した作品が「答え」をくれる。

ジャケットやパンツ、バッグの上を奔放に走る、にぎやかなステッチやコラージュ。
まるでご自身の中で整理しきれていない感情がそのまま外にあふれ出したような、一期一会の美しさをたたえています。

「刺しゅうはいつも行き当たりばったり。手を動かしてみないと、どんなふうになるのかまったくわかりません。私にとって作品は、どんどん変化していく今の自分に『答え』を与えてくれるもの。制作中は手探りで、迷路に迷うようなことばかりですが、完成してはじめて見える景色に毎回驚かされるし、刺激をもらっています」

すべて一点もののコラージュバッグ。にぎやかな構成をモノトーンが引き締めて。

濃度たっぷりなミシンワークと、シンプルな部分とのメリハリ感もオガワさんの作品の魅力のひとつ。この絶妙なバランス感には、何か秘密があるのでしょうか?
「密集している感じが大好きなので、気を抜くと全部刺しゅうで埋めたくなってしまうのですが(笑)、余白がないと刺しゅうが引き立たないし、刺しゅうが詰まりすぎると衣服として重くなりすぎてしまうという現実的な問題も出てくる。だから、いつもぐっとこらえて余白を作っているんです。制限のあるなかで自分を表現する、ということにもおもしろさを感じています」

たくさんのアルファベットが、躍るように縫いとめられたシャツ。

デザインのみならず、個性豊かな素材選びも気になるところ。古道具にも造詣が深いオガワさんならではの、温故知新なものづくりがひときわ個性を放っています。
「古い帯芯や足袋、医療用のガーゼなど、大切に使われていた古いものに新しい用途を与えるのが好きです。色や手ざわりもほかにはない魅力があるし、たとえ前例がなくても、作品に生かす道は必ずある。魅力的な素材に出会ったときに、アイデアがバッと湧いてくることも多いです」

オガワさんの出身地であり、織物の産地としても有名な新潟の栃尾地域で作られた糸。ある程度のかたまりで生地に載せ、その上からミシンワークをして模様に。
旅館から引き継いだ古い足袋もコラージュの材料に。

美しい素材との出会いを楽しみながら、衝動のままに針を走らせながら、刻一刻と変化する自分自身を掘り下げながら、今日もオガワさんはミシンと向き合います。
「私にとって何かを作ることは、生きている実感につながる大切な時間。それだけでも充分なのに、手を動かしているといつの間にか何かができている。その何かがくれる『答え』に救われることもある。それってすごいことだなぁ……と思いながら、今日も無心で手を動かしています」

英字新聞を紙の箱に貼ったシンプルな作品は、中学生のころに作ったもの。今でも大切に飾っている。
古物屋で見つけた米国のタロットカードは、ときどき眺めてインスピレーション源に。とぼけたイラストがお気に入り。

作家 オガワ トモコさん
刺しゅう・コラージュ・洋服作家。2016年より、綿や麻、古布などに繊細で個性豊かなミシンワークをほどこした一点ものの洋服やバッグなどを、全国のギャラリー等での展示を通して販売。新潟在住。

Instagram:ogawa_tomoko_desu

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