池田 みのりさんの「刺しゅうを通して世界とつながる」

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クチュリエの刺しゅうキットの監修や、手芸メーカーの企画開発を手がけつつ、同時に刺しゅう作家としても活躍中の池田みのりさん。長く携わっている「連続模様」の魅力から、初心者にも親しみやすい図案の作り方、プロになってからも新しいことを学び続ける向上心について、また刺しゅうを通して新たに関心が深まりつつある環境や社会問題のことまで、たっぷりとお伺いしました。

刺すよろこびを伝えるために。

『連続模様で楽しむ かんたん刺しゅう』(日本文芸社)掲載の図案作品。

手芸メーカーでの企画開発、クチュリエのキットの監修、ご自身の本の制作など、刺しゅう作家として多忙な日々を送る池田 みのりさん。初の著書『連続模様で楽しむ かんたん刺しゅう』では、愛らしい「カウントステッチ」の多彩な図案を提案しています。連続模様の魅力とは、一体どのようなものなのでしょう。

「カウントステッチの連続模様は布の織り目を数えながら刺すので、経験の有無に関わらず、初めての方でも図案とまったく同じものを完成させられるのが大きな魅力です。だからこそ、少し慣れたら糸の配色を変えるなど、自由に楽しんでほしい。図案に関しても、ワンポイントとしてひとつだけ刺したり、並べてボーダー風にしたり、上下左右に広げてテキスタイル風にしたりと、アレンジしやすい工夫を散りばめています。実際に私の図案にアレンジを加えた作品をSNSなどに載せてくださっている方も多くて、本に込めた思いが届いているんだなと思うと、本当にうれしくなります」

とぼけた表情がかわいいパンチニードルの動物たち。
刺し子を飾り玉で愛らしくアレンジ。

常に作り手の立場に立ってものを考える池田さん。池田さんが監修を務めたクチュリエのキット「ひとつのステッチから始める 刺しゅうてとりあしとりレッスンの会」は、初心者の方にもわかりやすい解説で大ヒット商品となりました。

長年通っていた刺しゅう教室の課題で刺した膨大な量の刺しゅう。教室で学んだ知識は、今の仕事にとても役立っているそう。

「ワークショップなどで初心者の方とご一緒すると、『この角ってどう刺すの?』『刺しゅうが重なるところはどうするの?』など、私自身も初心者だったころの疑問を思い出すことができて、とても勉強になります。このキットには、その体験がたくさん生かされているんです」

道具にあまりこだわりはないけれど、金属音がしない木製のものがお気に入り。左は刺しゅう針の入っていた箱、右は古道具屋で見つけたカップ。
思い立ったらすぐに刺し始められるように、必要な道具はデスクの上にまとめて並べて。

初心者でもわかりやすいのはもちろん、実はこのキットには、もうひとつポイントがあるのだそう。
「実は、初心者の方にはまだ少しむずかしいかも……というポイントもほんの少しだけ盛り込んでいます。というのも、初めて刺しゅうに挑戦される方には、『いつかあんなふうに刺してみたい!』と夢見ているあこがれの作品がある、という方が多いと思うんですね。だから、今のうちにがんばってここをマスターしておくと、刺せたときの達成感で自信もつくし、近い将来あこがれの刺しゅうの図案に挑戦するときに、この経験がきっと役に立ってくれると思います」

今日も、明日も学び続けて。

左:黒豆や玉ねぎなどを使い、アトリエのキッチンで染めた布。 / 右:オーガニックコットンと植物染料から作られた「サニースレッド」の刺しゅう糸は、ふわふわでやさしい色合い。

大学で美術を学び、社会人として働きながら、興味のあった刺しゅうの教室に通い始めた池田さん。その後、手芸系の出版社、手芸メーカー、刺しゅう作家と、立ち位置は変わりつつも、常に身近に刺しゅうのある日々を送ってきました。
「編集者時代は、才能ある作家といかに素敵なものを作るかという点に情熱を注いでいましたが、メーカーでは、子どもやご年配の方向けの刺しゅうキットなど、より幅広い層を見据えた企画に関わることが増えました。自分が手がけた商品を通して、手づくりのある豊かな生活を日本中にお届けできていると思うと、今までになかった新たなやりがいを感じました。このときに得られた感覚は、今も大切にしています」

藍染の布と7の糸を使った刺し子のピンクッション。  黒豆や玉ねぎなどを使い、アトリエのキッチンで染めた布。

最近では、興味は刺しゅうの背景にまで及ぶように。きっかけは、民藝刺し子作家の近藤 陽絽子さんのもとで刺し子を学んだことでした。 「文化的な背景から、刺し子の素材には素朴な綿が使われることが多いのですが、そうなると『綿花ってどうやってできるの?』『染めってどうやるの?』など、素材自体に向き合うという意識が芽生えて。そこから、『自分の作品は社会とどう関わっていくのか?』など、環境や経済活動の問題点にも関心は広がり、より深く、多角的に目の前の刺しゅうを捉えられるようになりました」

 

ベランダで育てたマリーゴールドの花で染めた布。実際に試してみることで、新たに気づくことがたくさんあるのだそう。

素材をより深く理解するために、綿花を家で育ててみたり、身近な食材を使って布を染めてみたりと、興味はどんどん拡大中。プロの作家として活躍しながらも、新たな刺しゅうの可能性を求めて常に学び続ける姿勢に驚かされます。
「私は『とにかく表現がしたい!』というタイプではなく、初心者や未経験の方にも気軽に刺しゅうを楽しんでいただける方法を考えたり、刺しゅうを通して社会とつながるための方法を考えることのほうが好きだし、性に合っているみたいです。刺しゅうは一生勉強しても終わりが見えないほど奥深く、作家を辞めたとしてもずっと関わっていけるほど身近なもの。刺しゅうと出会えたことに、改めて感謝しています」

感銘を受けた『CALICOのインド手仕事布案内』(小学館)とCALICOの布。

最後に、刺しゅうを楽しむためのアドバイスをお聞きしました。
「刺しゅうは、お手本通りに刺せなければ正解ではない、というものではありません。そこを徹底しすぎると機械と変わらなくなってしまうし、そのクセの部分こそが豊かでいとおしい個性だったりもする。手芸は器用な人だけが楽しむものではないと思います。だから、自分の『うまくいかなさ』も大切にして、気軽に、自由に楽しんでほしいです」

池田 みのり

手芸系出版社での編集者を経て、現在は手芸メーカーの商品開発を手がけつつ、フリーの作家として活動。図案やキットの監修も多数手がける。著書に『連続模様で楽しむ かんたん刺しゅう』(日本文芸社)。

Instagram:@minori_ikeda

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