クロッシェ・ド・リュネビルに魅せられて

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手づくりを愛好する人にとって、パリのオートクチュールの刺しゅうはあこがれの的。そんな世界に身を置きながら、ご自身の創作を手がける刺しゅう家・杉浦 今日子さん。パリ15区の閑静な住宅街にある彼女のアトリエを訪れ、お話をうかがいました。

手芸講座との出会いから、いつしか、パリ在住に

ビーズと糸を自由自在に操り、絵画のように詩的な美しさをたたえた作品を生み出す杉浦さんですが、その創作の最初のきっかけは、日本にいたときに受けた手芸講座だったそう。「母が洋服やカーテン、ベッドカバーまで手づくりをする多才な人だったので、逆に既成のものを買うのにあこがれるような幼少時代でした。そんな私も、大学を卒業して仕事をするようになると趣味をもちたくなって、雑誌で見つけた『おんどり手芸アカデミー』の手芸講座を受けたのですが、これが思いのほか楽しくって」

 

オリエンタルな色合いのボタニカルの花がモチーフの作品

結婚後は仕事を辞め、せっかく身に着けた手芸の技術をそのままにするのはもったいないと、今度は文化服装学院の夜間コースで縫製を学びます。こうして既製品にあこがれた幼少期がうそのように、杉浦さんはいつしかお母さまと同じ手づくりの道に導かれていきます。

 

ビーズと糸などをミックスした大作。綿毛のような立体的な刺しゅうは、「人にわかってもらえないマニアックなテクニック」とのこと。

「主人が会社を辞めて独立したのをきっかけにパリに旅行し、パリが好きに。それからは1年に一度パリに来るたびに生地を買っては、その生地でバッグを作って刺しゅうをほどこし、販売していました。さらに、刺しゅうと縫製を自宅のアトリエで教えるようにも。そうこうしているうちに、パリに住んでみようか? 2年くらい住んでみる?? とパリに住み始めて、まだ今もパリにいるんです……!」

 

今では12年目をむかえる杉浦さんのパリでの暮らしですが、最初はパリ郊外にあったレ・ボザール・ドゥ・フィルというオートクチュールの刺しゅうの学校に行くことを決め、滞在許可もおりたのが始まり。その後、オートクチュールやプレタポルテのハイメゾンの刺しゅうのアトリエでの研修を経て働き始め、今もショーが忙しい期間になるとそのアトリエで働いているという。「10人くらいの小さいアトリエなのですが、とてもいい雰囲気の中で働いています。思い出深いのは入った当時、繊細なシルクモスリンの生地を前に、うまくクロッシェで刺せずにいたら、ある人が自分で刺して作業を見せてくれたこと。彼女はとても無口な人だったのですが、自分で刺す姿でそっと教えてくれたんですね。技術のある人の手を見るのはいつも勉強になり、今でも同じアトリエの方から学ぶことがあるんです」

 

ふだん、アトリエに通わないときは自分の作品をひたすら作っているという杉浦さんですが、本格的に表現を始めたきっかけは、パリで本格的にクロッシェ・ド・リュネビルを習ったこと。

 

思い入れのある『月とイグアナ』などの作品が飾られた、アトリエの一角。

「リュネビルにはテクニックが必要なのですが、作品が早くきれいにしっかり刺せること、小さいビーズを刺せることが魅力。ビーズを重ねて立体的なボリュームを出して作品にインパクトを与えることができたりもします。特に思い入れのある作品が『月とイグアナ』なのですが、この月に使ったビーズが今まででいちばん小さいビーズなんです。自分だけのこだわりやマニアックな技術が必要とされるのですが、それを極めていくことにしあわせを感じています」

インスピレーションはいつもの日常の中に。

杉浦さんは休日には、近所のアンドレ・シトロエン公園やプティット・サンチュールという鉄道の廃線跡を再利用した散歩道など、近所の緑がたくさんある場所を散歩しているそう。

 

思いついたアイデアを書き留めているアイデア帖。

「基本、自宅からあまり出ない生活をしているので、散歩に出かけるようにしています。パリに来たばかりのころは「白鳥の小道」と言われているセーヌ河に浮かぶ小さい島や、美術館によく行ったものです。私の場合、刺しゅうのインスピレーションは普通の生活でふと見つかることが多いんです。かと言って、インスピレーションっていつキャッチできるかはわからない。だから、いつでも受け取ることができるようにアンテナを磨いておくことが大切なのかもしれません。そのためにも、ふだんから美術館などでアートを観ておくようにしています。ほかの方の作品もよく観に行くんですよ。欲を言えば、せっかくパリにいるんだから、毎日美術館に行ってぼーっとしていたいくらいです(笑)」

 

アトリエに飾っているエドガー・ドガ『青い踊り子たち』のポストカードもインスピレーション源のひとつ。
杉浦さんの著書はフランス語でも出版されていて、フランス人にも大人気。

そんな杉浦さんが信頼を寄せ、よく使うお気に入りのビーズが、広島県でつくられるMIYUKIのビーズ。「フランスではチェコビーズが主流なのですが、MIYUKIのビーズはオートクチュールでもよく使われています。宝石のような輝きと美しい色合い、ひとつぶひとつぶの形がかなり均一にそろった高い品質で人気があって、世界的に評価が高いんですよ。クチュリエでコラボレーションしたMIYUKIのビーズ&スパンコールのセットは、私がデザインした作品の作り方の説明書もついて、素晴らしいものになっています。これをきちんと仕上げていけば、かなりの技術を習得できると私は思っていますので、みなさま楽しみながらがんばって作ってくださいね」

 

杉浦さんの最新刊!

『オートクチュールのビーズ・スパンコール刺繍』クロッシェ・ド・リュネビルとニードルによるモチーフ集(誠文堂新光社 刊)

ビーズやスパンコールでこんな模様も、あんなモチーフも!?  とそのバリエーションの豊かさとあまりの美しさに目を奪われる圧巻の一冊。さまざまなステッチや素材の組み合わせの実例は、趣味として始めたい方にもプロのクリエイターにも発見や学びがあっておすすめ。見ているだけで、手づくりの夢も広がります。

 

 

Kyoko Création 杉浦 今日子(すぎうら きょうこ)

東京で刺しゅう作家・講師として活躍したのち、2009年に渡仏。有名ファッションブランドのオートクチュール刺しゅうを手がけるパリのアトリエで職人として仕事をしながら、その技法を自身の創作に取り入れた作品を発表。唯一無二の素材遣いや縦横無尽に生み出される繊細なモチーフは、フランス工芸アートの世界でも高く評価されている。

Instagram:@kyoko_creation_broderie
HP:https://www.kyokocreation.com/

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