日々の装いに特別な想いを添える大人の動物刺繍

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フランスの伝統技法「オートクチュール刺しゅう」で作られた、ビーズやスパンコールなどの素材で華やかに彩られたブローチ仕立ての動物たち。これらは、刺しゅう作家・小川 千絵さんの作品です。 「刺繍アトリエ Cotoha」として活躍中の小川さんに、刺しゅうとの出会いや創作にかける想いまで、たっぷりと伺いました。

 

自由な刺しゅうで表現を追求する喜び

 

10代のころはファッションデザイナーにあこがれていたという小川 千絵さん。4年制大学に通いつつ夜はファッションの専門学校に通い、卒業後はアパレルメーカーを経て、デザインの勉強のため英国に短期留学へ。休職や転職、結婚や出産など、人生の紆余曲折を経ながらも、常に夢に向かって全力投球。装うこと、表現することへの情熱を燃やし続けてきました。

そんなある日、小川さんが出会ったのがフランスの「オートクチュール刺しゅう」。特殊なかぎ針「クロシェ」を使い、ビーズやスパンコールなどの素材を生地の裏側から刺しゅうしていく独特の手法「リュネビル」を用いた伝統技法で、1800年代から熟練の刺しゅう職人の手により数多くの豪華なドレスが生み出されてきたのだそう。その豪華さと圧倒的存在感にひと目で魅了された小川さん。当時は手芸業界でもマイナーな技法でしたが、日本で学べる教室を探し出し、飛びつくように門をたたきます。

 

愛用のオートクチュール用刺しゅう枠は、日本の木工職人が一点ずつ手掛ける「アポロン」のもの。

 

「オートクチュール刺しゅうに用いられるリュネビルの技法は、毎日少しずつの練習を3ヵ月ほど繰り返してようやく基本が身に着くと言われる世界。決して簡単ではありませんが、かぎ針の扱いにさえ慣れてしまえば、どんどん思い通りに指先が動くようになっていきます。最大の魅力は、どんな素材でも針さえ通れば刺しゅうにできてしまう柔軟さ。自分らしい表現方法を無限に追求できる、可能性に満ちた技法だなと思ったんです」

 

「リュネビル」で使われるかぎ針でさくさくと、生地の表からチェーンステッチをかけ、動物たちの輪郭を描いていく。

毎日夢中で勉強に励み、出産後は子どもが寝た後にちくちく。忙しい日々の中で、創作は心安らぐ至福のひととき。学ぶほどにその奥深さに魅せられ、オートクチュール刺しゅうは小川さんの暮らしに欠かせないものになっていきます。

 

右手に針を持ち、左手で糸を持って裏側からリズミカルに刺していきます。

 

4年の準備期間を経て、娘の琴羽(ことは)ちゃんの1歳の誕生日に、その名を冠した「刺繍アトリエ Cotoha」をスタート。さらなる試行錯誤の日々が始まります。

 

布にトレースして使うための原画。甘すぎない、ややリアルな動物のタッチが印象的。

「高級モード界のドレスのようなイメージが強いオートクチュール刺しゅうを日常の装いに取り入れるにはどうすればいいだろう?」と悩んでいた小川さん。今ではCotohaの代名詞でもある「動物刺しゅう」に至ったきっかけは、大の動物好きな琴羽ちゃんに、母娘おそろいのスワンのブローチを作ってあげたことでした。 「娘にものすごく喜んでもらえて、私自身もしあわせでした。そこからは娘がリクエストする動物たちを、オートクチュール刺しゅうでいかに「大人の装いにもなじむもの」として表現できるか、という研究をスタート。今まで学んだオートクチュール刺しゅうの技法をベースに、自分だけの世界観を作り上げていきました」

 

「作る時間」も「装う時間」もどちらもいとおしむために

娘の琴羽ちゃんのリクエストで作った歴代のブローチたち。動物の種類はもちろん、色遣いも希望を聞きながら制作します。

 

作り手としてずっと大切にしているのは、「作る時間」と「装う時間」の両方を楽しむこと。ブローチがお洋服になじむよう、土台はなるべくベーシックな色を選びつつ、パールやビーズなどのパーツ遣いで特別感や華やぎを出して。自分自身も作品を身につけることで、気づいたことや感じたことを次の創作に活かしていきます。

 

お出かけの時は、お気に入りのワンピースにブローチをつけて。

新作を考えるときは、毎回まずは琴羽ちゃんのために試作をするという小川さん。母娘の会話から、「ペチャ顔猫」や「うさぎ」などの人気シリーズも続々と誕生。新作の数だけ、母娘の思い出も積み重なっていきます。

 

子ども部屋のネームプレートもオートクチュール刺しゅう。思いを込めて制作。

イベントやワークショップを通し、少しずつ着実に評判が広がってきたCotohaの動物たち。「甘すぎないから大人でも身につけられる」「華やかだけど色味がシックだからお洋服につけても浮かない」と、この8年間で大勢のファンに新作を待ち望まれるブランドへと成長しました。ひとりで黙々と創作を続ける日々の中、イベントなどでのお客さまとの交流も大きな楽しみのひとつだそう。 「リスのブローチを買ってくださったお客さまから熱いリス愛を伺っていたとき、動物たちそれぞれに自分が全然知らなかった魅力的な習性や特徴がたくさんあることに気づかされました。それからは本などで勉強をして、猫やうさぎなど、自分がモチーフにしている動物たちを生物として理解するように。今まではデザイナー的視点で動物の見た目にばかり注意していたけれど、モチーフをより深く知ることで動物への愛着も増しましたし、作品の奥にあるストーリーも表現できるようになった気がします」

 

毎年、母の日に子どもたちに作ってもらう刺しゅう絵。思い出と共に、刺しゅう枠ごと壁に飾って。

 

8年間の集大成となったのが、2022年に発売された『ビーズと糸で描く Cotohaの動物刺繍ブローチ』(河出書房新社)。定番の人気動物たちを、読者にも手に入りやすい道具と材料で刺しゅうできる方法を紹介しました。 「イベントなどで、お客さまから本を見て作ったブローチを見せていただく機会があるのですが、みなさん色遣いや材料の選び方が本当に自由ですばらしいんです。素材の組み合わせが無限にあるオートクチュール刺しゅうの魅力を改めて実感するとともに、みなさんの伸びやかな発想に刺激を受け、私ももっと自由でいいんだ!と創作意欲が高まります」 小川さんが監修を務めたクチュリエの新会「動物と糸やツールのたわむれ Cotohaさんの刺しゅうブローチの会」は、Cotohaの世界観はそのままに、よりシンプルな技法で愛らしいブローチが作れるキット。上手に作るためのコツを小川さんに伺いました。 「むずかしく考えなくても楽しんでいただける内容にはなっていますが、動物の刺しゅうは、毛並みの方向を意識するのがポイント。すべてを同じ方向にそろえずに、いろんな方向を向かせてみるとかわいい雰囲気に仕上がります。素材でぬり絵をする感覚で、楽しみながら刺してみてくださいね」

 

Cotohaさん監修の「動物と糸やツールのたわむれCotohaさんの刺しゅうブローチの会」は、こちらの表紙のクチュリエカタログで紹介しています。

 

 

 

Cotoha 小川 千絵

刺しゅう作家。アパレルメーカー等での勤務、英国への短期留学などを経て、フランスの「オートクチュール刺しゅう」に出会う。2014年、娘の1歳の誕生日に「刺繍アトリエ Cotoha」をスタート。著書に「ビーズと糸で描くCotohaの動物刺繍ブローチ」(河出書房新社)。

Instagram:@cotoha_broderie

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